baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 剣道

 剣道の世界大会、と言ってもご存じの方は少なかろう。まだマイナーな競技であるから、やむを得ない。2年前の台北大会では過去11回の大会で無敗を誇った日本が、準決勝でアメリカに敗れると言う大波乱が起きた。そして、決勝では韓国と米国が当たり、韓国が史上初の日本以外の国として優勝した。
 マイナー競技なので勿論テレビ放映はなかった。僕は後から、もう結果を知ってから、ネットのユーチューブで準決勝、決勝のビデオを見た。どうしてわざわざそんな物を見たかと言うと、実はアメリカ代表に僕の友人の息子が入っていたからだ。彼は日本育ちで武道大学を卒業しているが、生まれはアメリカで国籍がアメリカなのだ。剣道で世界大会に出る夢を持ち、層の厚い日本ではチャンスがないと卒業後米国に渡り、二年前に米国代表に選ばれた。そして準決勝では先鋒として日本のエースと対戦した。結局先鋒同士の勝負には負けたが、米国の先鋒が圧倒的に強い筈の日本と堂々と渡り合ったので次鋒以下が落ち着いて試合に臨め、大番狂わせに繋がったと色々な記事に異口同音の事が載っていた。
 大分経ってから、日本の剣道会の幹部と自称する人が、あの試合は審判がおかしかった、払っていて切れていないのに一本を取ったり、決勝に日本に出て来て欲しくなかった韓国寄りの判定だった、と言っていた。確かに審判は韓国人だった。この話を件のアメリカ人に話したところ、審判は日本に長い人で、非常に公平な人だ。払っていて一本になっていない、というのは日本の試合では実はその通りだが、それを言うならその逆で一本取られているケースもあり、日本人の、しかも高段者がそんな負け惜しみを言うのはみっともない、と言っていた。勝った米国人の言葉だから割り引く必要があるかも知れないが、若い彼の方が武道家としての潔さを具えているように感じられた。例え事実でも、負け惜しみは聞き苦しい。
 ところで、世界大会の剣道はフットワーク良く飛び跳ねて、今やボクシングの感がある。腰を落として丹田に力を入れて、呼吸をはかって、などという美しい武道ではなくなっている。日本選手権での日本人剣士同士ではさほどでもないのだが、韓国やアメリカの剣士の試合は軽薄に見える。そこで、もっと落ち着いた、本当に強い剣道をして欲しいと彼に話したところ、彼の答えは残念ながら僕の意に沿うものではなかった。彼曰く、僕の言う事は良く分かる、でも世界大会に勝つためにはあのスタイルでないと勝てないのだ、世界大会では勝たねばならないので、品格には構っていられない、と。確かに勝負は勝つために戦うのであるから、品格以前に勝つ事を考えねばならないのだろうが、日本の古来の武道が国際的になればなる程、品格が下がると言う弊害が出てくるのは寂しいものである。柔道がしかりである。
 今年の8月に、今回はサンパウロで世界大会があった。雪辱に燃える日本は準決勝で韓国を下し、決勝では二年前のお返しとばかりに米国に圧勝した。日本人としては、やはり日本に勝って貰ってほっとした。次回は二年後にイタリアで開催されるそうだ。