baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 日本刀

 友人がデパートのギャラリーで、僕の好きな画家の絵の即売会をするという案内が来ていたので、昨日ブラッと観に行った。行ってみたら画家もニューヨークから来ていて、彼女の新作の展示会であった。中に一枚、小品だが心を鷲掴みにされる素晴らしい絵があった。パステルで描いた「すもも」の絵なのだが、素晴らしい色遣いと質感に圧倒された。喉から手が出るほど欲しくなったが、残念ながら手元不如意で見送らざるを得なかった。
 友人と画家に挨拶をしてギャラリーを出ると、目の前に日本刀を展示しているコーナーがあった。実は我が家にも一振りある。祖先が江戸時代に藩主から直々に拝領した我が家の守り刀を、先祖代々相続しているのである。17世紀初頭造の新刀ではあるが鋼は古刀を潰したもので、それなりの名刀との鑑定がある、刃渡り二尺二寸の脇差である。
 実はこの刀の相続時にちょっとした逸話がある。父の生前からこの刀は僕が相続する事になっていたので、鑑札と一緒に何気なく家に持って来てしまっていた。それから二年ほど経ってふと想い出した。そう言えば昔、未だ僕が小学生の頃父に連れられて近くの警察に一緒に届けに行った事を想い出したのである。鑑札の名義書き換えをしなければいけない。早速最寄りの警察に電話をいれたが、警視庁に電話をしてくれと回された。
 それで警視庁に電話をして事情を説明し手続きの方法を問い合わせたところ、突然住所氏名をきかれた。何とも剣呑な物言いなので、手続きの問い合わせなのにどうしていきなり住所氏名を言わなければならないのか訊いたら、貴男は銃砲刀剣類の不法所持だから先ず身元をはっきりさせるのだ、との説明。不法所持とは何事か、鑑札はあるのだが未だ相続に伴う名義変更が為されていないだけだと説明したが、不法所持は不法所持だと譲らない。踏み込まれでもしたら堪らないので電話を切った。本気なら電話番号から割れるだろうが、まさかそこまでの重罪でもなかろうと思っていたが案の定それから何の音沙汰もなかった。未だにおいこら警官がいたものである。実際の所轄は東京都の教育委員会であり、名義変更届けを郵送すればそれでお終いの話であった。
 デパートに展示されていた日本刀は何れも一応古いものであったが、波紋の美しいものも何の変哲の無い物も並んで飾られていた。鞘は極く普通の漆の塗りもので、鍔も普通の物に見受けられたが、それなりに手入れをしてあるので凛々しく見える。そうして見ると日本刀は本当に美しい造形物である。早速家に戻り、我が家の守り刀にも打ち粉を打って椿油で手入れをした。我が家の守り刀の鞘は鮫皮、柄も何やら黄色いぶつぶつのある鮫皮で一応立派なものと聞いている。我が家の男児の魂と言い聞かされて育った。別に右翼でも何でもない、極く普通のリベラルな家であるが、明治生まれの父親は今から見ればやはり家とか伝統にはそれなりの思いがあったようである。今は鐺と柄頭が少し痛んでいるので早く直さないといけないのだが、我が家の刀はデパートの展示品よりは余程美しい。日本の美術品を更に子孫に伝えて行くのが僕の責任、との思いを新たにした。