baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 荘村清志のコンサート

 昨日は久しぶりに荘村清志のコンサートを聴いて来た。荘村とは、これまた奇なる縁で何度か話もし、食事を共にした事もある。勿論近しい訳ではないが、同年代と言う事もあり、陰ながら応援しているギタリストである。彼がアランフェス協奏曲を演奏した時は、栃木での新日フィルとの共演も、東京でのビルバオ交響楽団との共演も聴きに行き、衰えぬその音楽への情熱に打たれたものである。
 昨日は白寿ホールでの「第5回Hakujuギターフェスタ2010」の初日であった。相も変わらず真面目な、音楽に対する真摯な演奏が心を打つ。前半の前半は荘村のソロで、殆どは僕には初めての曲であったが、万華鏡のように色相の変わる音と、メランコリックなギターの世界に知らず知らずのうちに引き込まれてしまった。前半の後半は福田進一とのデュオで、難しいリズムの曲を息の合った演奏で、時にはユーモラスに聴かせてくれた。こじんまりしたホールの、常連と思われる客も沢山いる中で、ステージと客席が一体になった心豊かな演奏会であった。
 前半だけでも随分長い演奏会であったが、更に休憩を挟んで後半があった。後半はブルガリア出身のウルクズノフと言う若いギタリストと、小倉美英という、これまた若いフルーティストの二重奏であった。会場には受けていたが、残念ながらこちらは僕には雑音に近い演奏であった。休憩の間に帰ってしまえば良かったと悔やんだが、後の祭りであった。何故かと言うと、とにかく其々の楽器の音が本来の音ではない、奇を衒った音なのである。ギターとフルートなら其々それなりの音を出せば良いのに、わざわざ尺八と琴の音に似せてみたり、タンボーラの音を鼓の音に似せてみたり、そのテクニックは認めるがおよそ本来の期待される音楽ではなかった。フルートに到っては、あまりに変わったテクニックを多用するが為に、肝心のフルートの音までまともに出ない有様であった。前半のふくよかな余韻までぶち壊されて、残念至極な思いがした。
 第三者演奏家の事は忘れるとして、荘村清志のギターは円熟味を増していると思う。ギターは体力的にハードルの高い部分もあるので、時として年齢を感じさせる瞬間があるのは否めないが、そんな些細な事を論う事自体が無意味な、高い音楽性と芸術性が際立っている。益々の活躍を期待する処大である。