baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 随筆集「此処彼処」

 川上弘美の「此処彼処」という随筆集を何となく買ってしまった。別に川上弘美が好きな訳でも、普段よく読む作家でもないのだが、「此処彼処」という題名が妙に心に引っ掛かったのだ。
 我が家の近くに本屋がなくなってしまってからは、大体はネットで注文する。この本も題名だけ見てネットで注文した。注文すると、早ければ翌朝の8時半にはもう宅配屋が玄関のベルを鳴らすから、便利と言うか味気ないというか、世の中は大変な様変わりである。そんなだから、この頃は本屋で現物を見てから買うのは、旅行鞄に本を入れ忘れたのに気付いて、出発前に慌てて東京駅か成田で買う時ぐらいになってしまった。本はやはり裏表紙のあらすじを読んで、面白そうだと思って買うのが楽しいのだが、この頃はわざわざ繁華街の本屋まで出掛けるのが億劫になっている事もあり、楽しみが一つ減ってしまった。
 読んでみると、我が家の近くの地名や、普段使っている郊外電車が頻繁に出て来る。なんだ、彼女も生まれは僕の実家とそれ程離れていなかったのか。自転車で20分位のところで育ったらしい。殆ど知らない作家であったが、急に親近感を覚える。随分歳が離れている筈なのだが、彼女の子供時代の描写は僕の想い出とそれ程変わらない。以前僕がこのブログに書いた、ミョウガ採りの話も出て来る。彼女も子供の時にはミョウガを採っていたらしい。まるで僕がパクッたようであるが、正真正銘の偶然である。こういう時には、有名な人と無名な一般人では、一般人は一方的に不利だなぁとつくづく思う。
 今まで随筆などと言うジャンルは内田百輭くらいしか読んだ記憶がないから、新鮮でもある。日経新聞に以前毎週連載された短編が沢山纏めてある本なのだそうだが、その中に、彼女が学生時代にノーパンで学校に行った話が載っている。親と諍いをして、後先も考えずに家出して友人の下宿に転がり込んで、着替えがないから毎日夕方に下着と一張羅の洗濯をして、翌日同じ物を着て学校に行っていたのだが、ある朝下着泥棒にパンティーを盗まれて、友人は既に出掛けてしまっていて、デパートで買うお金も知恵もなくて、仕方がないからワンピースの中はノーパンで講義を受けたと言う経験談である。凄く心細い、何やら後ろめたい、でも誇らしい気持ちであったそうだ。
 何となく共鳴する物を感じて、急に僕も思い出した。実は僕にもノーパンの経験が一度だけあった。僕の場合は誇れる部分はゼロで、面白くも可笑しくも無い、汚ないだけの話なので詳細は割愛するが、ダッカ駐在から帰って間もない頃の話である。帰国の途上、早朝に乗り継ぎで降りたバンコクの飛行場で食べたハムサンドがいけなかった。大当たりしてしまい、七転八倒しながら帰国した飛行機の中での事であった。僕の場合はただただ心細くて、誇らしい気持ちとは全く無縁で、ただひたすら周囲の眼が気になったのであった。
 普段僕は随筆集は全く読まない。内田百輭の様に、好きな作家に出会えればよいのだが、普通は機内で読む週刊誌などに載っている随筆を暇つぶしに読む程度である。随筆は作家の性格がストレートに出るから、その作家が受け入れられない限りは時間の無駄になってしまう。かと言って食わず嫌いも、知らない処で大損をしているかも知れないと思う。その兼ね合いが難しい。今回の、偶々読んだ川上弘美はもっと変人だと言う印象を持っていたのだが、何となく興味をそそられる作家であった。