baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 貧乏症の買い置き

 僕はアル中のみならずコーヒーにも中毒である。エスプレッソほどキツクはないがアメリカンみたいにシャブシャブでもない、所謂ブレンドコーヒー並みのコーヒーを毎日何杯も飲まないと生活出来ない。そのコーヒーも、人並みだがモカが好みである。モカと言うのはイエーメンとエチオピア産のコーヒーの総称で、薫りが良く程良い酸味がある。最近友人に「頗る美味しいコーヒー」をプレゼントされて、確かに美味しいのだが、値段が非常に高く毎日ガブガブ飲むには勿体ない。やはりモカコーヒーが適当である。
 このモカコーヒーが数年前から普通の店から姿を消していた事は、ご存じの方も多かろう。3年ほど前にエチオピア産のコーヒーから、危険物質が検出されて輸入禁止になってしまったのである。その時は慌てて缶入りコーヒーを余分に買って、その後は普段は普通のメーカーブレンドのコーヒーで我慢して、時々取って置きのモカを飲んでいた。その取って置きも無くなってから既に久しいが、極く最近になってまたモカコーヒーが店頭に並び始めた。
 やれ嬉しやとまたモカに回帰したのは当然だが、先週その大事なコーヒーが底を尽きかけたので買い出しに行った処、売り切れで近所のスーパーのそこだけ棚が空になっていた。予想もしていなかったからパニクった。その時は別のブランドのモカを買えたから、それでも逆上はしなかった。そして、次からは一つ余分にスペアを買っておこうと思った。今日その店に行ったら、既にお目当てのコーヒーが並んでいたので迷わず2パック買ったものである。
 実は僕はスペアが余分に無いと落ち着かない性分になってしまっている。でも今、東京では、保管場所は勿体ないし物によっては消費期限が迫ってしまうので、この頃は無駄な買い物を控える努力をしている最中なのである。そんな時に、モカに物の見事に裏切られてしまったのである。
 僕はインドネシアにいた時に、何でもある時に余分を買う癖が付いている。インドネシアの小売業は、特に1990年代半ば頃迄は余り計画的ではなく、何かが無くなると慌てて注文するのが普通であった。だから時には品物が入るまでに一月ぐらい掛る。日本人には慣れるまではイライラするシステムなのだが、インドネシアの人には当たり前の事であるから平気にしている。それが輸入品となるともっと酷い事になる。注文が来て在庫が無い事に気が付いてから海外に発注するから、1ヶ月どころか2ヶ月も3ヶ月も入らない事すらある。
 ある時我が家の紙のコーヒーフィルターが無くなった。コーヒーは何時も日本からモカを必要量持ち込んでいたから、無くなる事はない。一方フィルターは現地で売っていたから、わざわざ日本から持ち込む事はしていなかった。また、インドネシア製のコーヒーフィルターも売っていたが、当時のインドネシア製は漂白剤か糊か、何かの味がするので僕には使えず、何時も日本からの輸入品を使っていた。このフィルターがある日突然店頭から消えてしまった。慌てて思い付く限りの店を探して歩いたが、輸入元で在庫切れらしく何処の店にも置いていない。この時は本当に参った。全くコーヒーを飲まない訳には行かないからインドネシア製で間に合わせたが、異様な後味が残ってちっとも美味くない。それこそ2ヶ月ぐらい、辛い日々が続いたのである。
 こういう事があるから、ちょっとした物は常に一つ余分にスペアを持つ癖が付いていた。例えばキッコーマン醤油。売っている時に一壜余分を買っておくのだが、熱い処だから発酵が進んで、新しく開ける時には少し黒味が増してドロッとなっている。だからと言ってどうと言う事もない。マヨネーズもQPを売っている時に一つ余分に買う。元々少し時間が経っているのが売られているから、下手をすると開ける前に賞味期限が切れてしまうが、冷蔵庫にしまっておけばどうと言う事も無い。こんな具合でカレールー、乾燥蕎麦、そうめん、七味唐辛子、食塩、およそ何でも余分を持っていた。時々本社から人事や総務の人間が来て、海外での生活のハードシップを調べるのだが、彼等にはこういう苦労は全く分からない。店の棚を見て、あ〜っ、こんなものでも売っている、あんな物でも売っている、と在る物ばかりが目に付くのだが、自分で欲しい物がある時には見た目ほど物が揃っている訳ではない。そう言う苦労は出張者には、特に海外生活の経験もないような人間には、全く分からなかった。
 僕の、もうインドネシアに40年以上という友人はもっと極端である。しかも未だにインドネシアに住んでいるから、一向に改善する兆しがない。例えば、彼は僕がバイクを買った時にそれが羨ましくて同じバイクを買ったのだが、バイクと一緒にタイヤを一式買ってしまった。どうしてこんな物まで買うのかと訊いたら、そのうちにタイヤが駄目になった時に同じタイヤが無くてバイクを捨てる事になるから、僕もタイヤを買って置いた方が良いと頻りに薦めるのであった。流石に1990年代には、そこまで酷い事はなかったが、彼は余程何度も酷い目に遭って来たのであろう。
 最近やっと少し忘れかけていたスペアの買い置きを思い出したモカコーヒーの品切れであった。