baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 オードリー・ヘップバーン

 ある程度の年配の男なら、オードリー・ヘップバーンを永遠に崇める者は少なくあるまい。僕は紛れも無くその一人である。「ローマの休日」の、清楚で無垢な王女を演じたヘップバーンは衝撃的であった。その頃僕は未だ中学生位の子供だったと思うのだが、子供心にも一目惚れしてしまった。それからも「マイ・フェア・レイディ」だとか「シャレード」だとか「ティファニーで朝食を」だとか、順番は覚えていないが余り映画を観ない僕もヘップバーンの映画は割に沢山観ている。そして、泥棒の役であろうが無教養の役であろうが、何時見ても清楚で上品で、揺るぎない憧れの女性であった。
 どうして突然そんな事を言いだしたのかと言うと、何とも妬ましい話があるからなのだ。昨日このブログに書いた友人の指揮者は、僕と同い年なのだが既に30年以上欧州に住んでいる。その彼が、欧州に移り住んだ直後からお世話になったスイス人の医者が、偶然晩年のヘップバーンの主治医になったのである。ヘップバーンが晩年はスイスに居を構えていた事は有名だが、彼女の家がその医者の家の極く近所であったそうな。そして彼は若い頃は、よくその医者の家に泊めて貰っていたらしい。そんな折に、ジーパンなどのラフな格好でヘップバーンがよくフラッとお喋りしに訪ねて来ていたと言う。ヘップバーンは英独仏蘭伊などの言葉を何れも非常に流暢に話したそうであるから、スイス人とのお喋りも楽しかったのであろう。そんな関係から、僕の友人もしばしば親しく彼女と話をしたと言う。羨ましい。人生でこれ程の不公平は無いと思う。
 その友人が今般「指揮者かたぎ」という本を出版し、今日僕の処にも出版社から一冊送られてきた。元々雑誌に連載していた随筆に、カデンツァと称する章を書き足した物なので大部分は既に雑誌で読んでいるのだが、本になると何だかまた趣が変わってなかなか洒落た仕上がりになっている。先ずカデンツァを読み、それから前に戻ってパラパラとページを繰っていたら、ヘップバーンが出て来たのである。友人の、何たる果報者か。改めて嫉妬心が燃え上がったのである。
 ヘップバーンは今生きていれば未だ若干82歳である。戦争中にはナチに抵抗し、色々と辛酸も舐めたそうだ。戦後も暫くは踊りや映画の端役で家族の生活を支える苦労をし、晩年は癌に蝕まれた事も影響していたのであろう、随分老け込んでしまったが、実は亡くなった時は未だ僅かに64歳であった。64歳と言えば今の僕の年である。決して若くはないが、今時死ぬには未だ少し早い。映画の見掛け通り、本人は随分遠慮がちな、およそハリウッドの女優さんとは馴染まない、何時もキチンとした上品な女性だったと聞く。一度で良いから会いたかった。