baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 ウィンブルドンのクルム・伊達

 40歳でウィンブルドンに出場しているクルム・伊達が初戦を突破した。ウィンブルドン大会では15年ぶりの勝利だそうである。今まではくじ運が悪くて初戦に強い相手と当たり、復帰してからの3年間、グランド・スラムでは中々勝てなかったそうだが、今回のウィンブルドンでは相手が格下だったこともあり素晴らしい内容で勝利した。さすがにグランド・スラムでの一勝は当人も余程嬉しかったと見え、勝った途端に素敵な笑顔を見せてくれた。面白かったのは主審がクルムと発音出来ずに、クーメーみたいな呼び方をしていた事である。
 伊達公子の全盛時代は僕はインドネシアに駐在していた。世界ランキング4位にまで行った人だから、日本人なら誰でも応援したであろうが、僕もご多分に漏れず応援していた。そもそも、海外にいると日本人の競技はテニスに限らず、殆どテレビでは見る事が出来ない。せめてイチローのファインプレーの瞬間とか、国際大会か何かで誰かが優勝した瞬間だけでも見たいのだが、NHKの衛星放送でやる日本と同じ内容のニュースでは、日本人の海外での健闘ぶりは放映権の問題でカットされてしまう。オリンピックに到っては、例えばインドネシアなら、インドネシア人がそもそもバドミントンとかボクシング、テッコンドーなどの、極く一部の競技以外では殆ど初戦で消えてしまうので自前の放送はない。だから、後は映像を買っている国の選手が主体の競技ばかりが放送されて、日本人などは金メダルを取るか、その国の選手と対戦しない限り映して貰えない。そんなフラストレーションの中で、伊達はグランドスラムでは常に準々決勝ぐらいまでは出て来てくれるので、グランドスラムの準々決勝位からはライヴ放送をしているインドネシアでは、殆ど唯一の日本人プレイヤーを見られるチャンスであった。全豪選手権以外は全て夜中の放送なのだが、僕は伊達の試合は何時であろうと、大体見ていた。
 それと、僕が伊達が好きだったのは、単に強いからだけではなく、あのポーカーフェースである。テニスの選手も色々だが、僕は顔に喜怒哀楽を出さない、大声を出さない選手が好きなのである。例えば古い選手ばかりだが、男ならビヨン・ボルグ、女ならクリス・エバートのような、ポイントを取っても取られても、ミスを犯しても大声を出さず、オーバーアクションもせずに淡々とプレーを続けるタイプの選手が好きなのだが、伊達公子も正にそんな選手であった。体格的には日本人としても決して大柄ではないから、欧米人に混じると球の速さがまるで違う。特にサーヴの球速は目に見えて違うのに、チョロチョロと走り回って良く頑張っていた。25歳の若さで引退してしまうのが残念であると同時に、あの体力ではもう限界なのだろうと言う同情もあった。引退間近のシュティフ・グラフとの一戦は強烈な印象として残っている。当時無敵のグラフを相手に殆ど勝利を手にしていたが、無情な雨で中断となり、結局続きは翌日まで持ち越されてしまってグラフがペースを取り戻して辛勝したゲームである。体力的には圧倒的に劣勢だったのだが、雨が降らなければ試合の流れは恐らく伊達が勝てていた試合であった。
 その伊達が、クルム・伊達と言う名前で復活したのが3年前。あっと言う間に日本ではトップ選手に返り咲いてしまった。試合ぶりは15年前までと変わらず淡々としている。勿論動きのスピードは落ちているし、球のスピードも落ちている。特にスタミナが続かないのは僕達素人が見ていても分かるほどである。あれだけ激しいスポーツだから、40歳という年齢で一線で続けるというのは普通なら考えられないのだが、自分の半分位の年齢の選手に試合では負けない。そして昔とまるで違うのは、今はとても楽しそうにやっている事である。さすがに当人も世界のトップレベルの選手と互角に戦えるとは思っていないから、それだけ気が楽なのであろう。しかし、それでも世界ランク57位と言うのだから、素晴らしい才能と、やはり見えない処での節制や努力があるのだろう。それと、誰もが忘れづに見習わなければならないのが、彼女の、常に前向きなチャレンジ精神であろう。
 ウィンブルドンの第二戦はヴィーナス・ウィリアムスだそうだ。自分でも「あんな速いサーヴ、どうやって返すんだろう」と笑いながら語っていたが、幾ら何でもヴィーナス・ウィリアムスに勝てと言うのは無理だろうけれど、楽しみながら世界の舞台で戦っている姿は清々しい。紛れもなく日本人の誇りである。