baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 カウンター・テナー

 カウンター・テナーという音域をご存じだろうか?大人の、正真正銘の男性が女性の音域を唄うのがカウンター・テナーである。中世のヨーロッパでは女性が教会の中やステージで歌う事が禁じられていたそうで、その為に女声域はボーイソプラノが受け持っていたと言う。ところが、やはり子供では声量や情感に限度がある為、普通の大人の男性が出す女声が始まったそうである。その後一時は、イベリア半島辺り出身の、カストラートと呼ばれる宦官に相当する歌手が闊歩した時期も合ったと言う。更に時が下って、女性が進出するに伴い一時は男性の女声は廃れて、かろうじて英国の教会で命脈を繋いでいたらしい。それが戦後になって、改めて復活したものとの事である。
 そのカウンター・テナーの名手、彌勒忠史の唱を聴いた。アルトからメゾソプラノ位の音域であろうか、女声顔負けの、時には女声よりも艶めかしい声音である。カウンター・テナーと言うのは、大分以前にテレビでそういう音域がある事を知り、またその歌手の歌を聴いたりもしたのだが、殆ど記憶に残っていなかった。そういう意味では初めて聴いたも同然で、初めは少しショックでお姐系の人かと邪推したりもしたが、そういうレベルの話ではなかった。素晴らしいボイスコントロールであり、素晴らしい音声であった。出し物は中世のオペラである。
 中世のオペラなどと言う物はストーリーはいとも単純で、当時の上流階級が如何に暇で退屈であったかが彷彿とする内容である。しかし、音楽としてはそれなりに完成していて、と言うかそういう音楽しか現代には伝わっていないのかも知れないが、ストーリーなどはどうでも良い聴き応えのある内容であった。特に、頻繁に出て来る、伴奏の古楽器による即興演奏が素晴らしい。ジャズの如き乗りで、強烈な掛け合いをする。音楽の原点は、ああいう即興演奏の鬩ぎ合いなのであったのかも知れない、との思いを新たにした。そんな伴奏と彌勒忠史の歌との出会いは、僕のクラシック音楽に対するイメージを強烈に揺るがす経験であった。