baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 明る過ぎる東京の夜景

 昨晩は、以前本ブログに書いた友人の指揮者が出版した本の出版記念パーティーがあった。僕も世話人として、司会を頼まれた。流石に世界を股に掛けて棒を振っているだけあって、各界の名士や外務省関係者などが多数来られて、大した賑わいのパーティーであった。彼がインドネシアのオーケストラの音楽監督をやっている関係もあり、元インドネシア大使も来られて、久しぶりにインドネシアの話も盛り上がった。
 場所は東京渋谷のホテルの39階だったので、見晴らしが素晴らしい。ところが夜景になったら、なんと煌々としていることか。あれで15%の節電をしているのだとしたら、普段はもっと電気の無駄遣いをしていた訳である。昨晩の夜景を見ても、未だ未だ節約の余地大である。そもそも東京は明る過ぎるとの思いを新たにした。そのくせ駅のホームや連絡通路など、競合がないと無闇に節電している。特に男の僕にも薄気味悪いのが、節電中の地下道である。狭くて薄暗い地下通路にホームレスなぞが居ようものなら、僕でも回れ右をしたくなる。反対に客寄せで競っているビルの電飾や、林立している街路灯などは未だ未だ工夫すべきである。今の様に電力不足でない時でも、日頃からもっとエコに徹して節電に努めるべきだと思う。
 特に何とかならないのかと思うのが、雑居ビルの店の電飾看板である。何のセンスも感じられないデザインで、ただただ目立つように大きな電飾看板を煌々と点けて覇を競っている。その店を探している時には確かに見易いかも知れないが、そうでない時にはただ醜悪でしかない。東京の様に大きな駅の周りには必ず雑居ビルが林立していて、それぞれのビルのテナントが集客を競っているような所ではもう少し電飾看板の、大きさやデザイン、色遣いなどをきめ細かに規制しても良いと思う。そこに不公平さが出なければ良いのだから、もう少し見た目と節電の双方にプラスになる規制を是非工夫して貰いたいものである。風致地区の住宅では以前からそういう規制が一般的になっているが、それで規制に不平を言う住民がいるという話はついぞ聞いた事がない。逆にマンガ家の楳図かずおが吉祥寺に建てた自宅の色遣いが、周辺住民から訴訟された事がニュースになったぐらいではなかろうか。
 そんな事を思いながら夜景を見ていたら、遠く高層ビルの屋上に月が昇って来た。周りが明るいので、「萎びた老婆の欠けた前歯」のように黄色い月であったが昨晩は十五夜であったのであろう、満丸の月であった。カメラが無かったので、今日撮った写真はやはりもう下弦に欠けている。