baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 昨日のジャカルタ

 昨日はちょっと暇の出来た午後、最近出来た、大きな、素晴らしくモダンなモールに立ち寄った。専門店が軒を並べる高級ショッピング・モールで日本の西武百貨店も出店している。そこで気が付いたのだが、高級婦人服ブティックのマネキンがイスラムと西欧のデザインがミックスしたような服を纏っている。普段は見慣れない、手足を隠すロングドレスにジルバブと呼ばれる、頭髪を隠す帽子とスカーフが一緒になったような、顔は出しているけれどもイスラム独特の被り物を頭に載せている。インドネシアは折から断食の最中であり、普段陳列してあるモダンなスカートやブラウスやワンピースは陰を潜め、イスラム風な洒落たファッションがモール内を席巻している。もう10日もすると回教正月が来るので、富裕層の婦人を狙った商法と見受けられた。何れも、何とも垢抜けた洒落た生地で出来た、センスの良い色合いの服である。インドネシアは本当に色々な意味で進歩していると改めて感じ入った。
 インドネシアは既に大統領選挙の前哨戦に突入している。現在の大統領は未だ3年の任期が残っているのだが、スハルト政権が32年も続いた事への反省から憲法が改正され、現在の憲法では大統領の3選を禁止している。つまり次回選挙には既に任期二期目の現在のユドヨノ大統領の出馬が無いため、次期大統領を巡る熾烈な争いがもう各党間で始まっているのである。その中で汚職容疑で逮捕状が出ていて、2ヵ月半も国外逃亡を続けていた与党、民主党選出の国会議員で民主党の会計主任を務めていたナズルディンが、逃走先のコロンビアで3日前に逮捕された。インドネシア汚職撲滅委員会がチャーターした特別機で、36時間掛けてアフリカ経由昨日ジャカルタに連行され、そのまま警察機動隊の拘置所に拘置された。まだ弁護士の接見も許可されておらず、世間では憶測が飛び交っている。そもそもコロンビアからは24時間でジャカルタに戻れるのに、何故36時間も掛けたか、である。ナズルディンはこの36時間もの間に真実を話さぬように洗脳された、などと言う記事が堂々と全国紙に載っている。
 民主党は、クリーンなイメージで任期を集め、汚職追放をスローガンにしたユドヨノ大統領の政党である。ユドヨノ大統領自身は次回大統領選挙には出馬出来ないとは言え、民主党としては地盤を確保した今の勢力を更に維持、拡大したい。その為には幾ら選挙資金があってもあり過ぎるという事はない。次期大統領候補に、現大統領夫人が出馬するとの噂もある。そんな与党の会計責任者、即ち集金の責任者であれば、政界の裏側を熟知している。ナズルディンの直接の逮捕容疑は、31件の汚職に関わった容疑であり、その金額は総額数兆ルピア、即ち数百億円と言われる。誰もがその金は最終的には民主党の勢力拡大と、現大統領の政治資金に回っていると推測している。その推測を裏付けるように、これらの汚職事件の捜査をもっと迅速に行うように警察に強力な指示を出すべきであると言う大統領に対する世論に、大統領は「警察の捜査は大統領と雖も干渉は出来ない」と当地では極めて異例な原則論を口にして捜査の進展を故意に遅らせようとしたりしていた。
 当のナズルディンは逃亡中も自身の潔白を訴え続け、具体的に国会議員の名前を挙げて数件の汚職の実態を暴露したらしい。僕はずっとジャカルタにいる訳ではないので、詳細が追い切れていないが、少なくとも国会議員3名の汚職については証拠も握っている、自分が不正な金を得ている訳ではないと訴えていたそうである。民主党の運転手が、突然給料では買える筈のない高級車を個人で購入した、などと言う疑惑も表面化し、これは偏にナスルディンの汚職に関わるボーナスと説明されている。しかしナズルディンの個人的な汚職であれば、その悪事に民主党の運転手を使う事自体不自然である。やはり民主党の、党ぐるみの政治資金集めをナスルディンが担当し、党のファシリティを駆使して党として金を集めたと見るのが極めて自然である。
 ナズルディンは毒殺を恐れて、逮捕されてから食事を一切拒否していると言う。アラブ系の血が混じっていると思われる顔つきは映画スターの様に端正で、未だ30歳そこそこの若いハンサムな男なのだが、今はゲッソリとやつれ、おどおどと落ち着きがなくなっている。識者の間でも、ナズルディンが消されてしまい真実が闇に葬られてしまう事を危惧する声が多い。実際、以前本ブログにも書いたが、数年前にオランダのスパイがガルーダ航空アムステルダムに密かに亡命する途上毒殺されている。この時はシンガポールに着く前に実行されなければならなかった最初の毒殺に失敗して、実際に毒殺に成功したのはアムステルダム到着寸前であった為、極秘事項を記した重要書類と共にスパイの遺体がオランダ側の官憲の手に渡ってしまい、毒殺された事が明らかになってしまった。オランダのスパイであるから、オランダは事を荒立ててインドネシアを困らせて報復しようとする。そこでインドネシア側は、毒殺を実行したドジな情報部の男を一人だけ死刑にして後は揉み消してしまった。そういう国であるから、ナズルディンが殺されるリスクは極めて高い。食事を拒否するのも、別に被害妄想だからではない。
 僕も真っ先に彼は抹殺されるかも知れないと思うほど、当地の政権と軍、警察の力は強い。また、公正な裁判は臨むべくもないほど、司法は腐っている。裁判に勝つか負けるかは、簡単に言えばどちらが金持ちか、という競争に過ぎない。だから、世間の注目を浴びてしまった彼の今後の生死や裁判の進捗状況により、インドネシア民主化がどの程度進んでいるかが判断できよう。同時に、今までの当地での常として、米国がどの次期大統領候補を支持するかも、今後のナズルディンの運命に多大な影響がある。米国が今後も現大統領の路線を支持するとなると、現政権の裏側を知りすぎているナズルディンの抹殺を米国も黙認し、場合によってはCIAが協働する事もあるからである。普通の日本人には信じ難いかも知れないが、これは海外では普通の諜報活動である。
 一方で、ナズルディンが国会議員の汚職を告発する以外に、何を喋るかが衆目の的になっている。クリーンで国民の人気を集めたユドヨノ大統領も、今は汚職疑惑が付いて回っていて、特に大統領夫人の評判が頗る宜しくない。スハルト大統領の夫人はティン夫人であったが、ビジネスマンの間ではミセス・ティンをもじってミセス・テン(パーセント)と陰口を叩かれていた。ところがユドヨノ婦人は、昨今はミセス・トゥウェンティ(パーセント)と言われている。スハルト時代よりも遥かに高額な要求があると言うのである。火の無い処に煙は立たないから、大統領が知ってか知らずかは分からないが、最近は大統領夫人を中心に政権側に相当の金が流れているのは事実のようである。国民もそれに感付いているから、ナズルディンの告白に期待が集まるのである。当面は与党の爆弾になりかねない男の逮捕で、当地のテレビは連日大騒ぎをしている。しかし残念ながら、幾ら騒いでも結局は、容疑者の死亡を含め政権側が強引に押さえ込んでしまって事実が有耶無耶になるのは当地の常である。今回もそうなるかどうか、多分なると思うが、取り敢えずは興味深いスキャンダルではある。