baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 叔父と昼食

 僕には93歳になる叔父がいる。この叔父は叔母が先に逝き、子供がいないので身寄りもなく、呑気な一人暮らしをしていて未だ元気に出歩いている。他に身内もいないので僕が後見人のような事になっているのだが、幾ら元気でも歳が歳なので毎日気が気ではない。何とか施設に入いるように時々口説くのだが、頑として聞き入れない。年寄りは住環境が急に変わるとポックリ逝くという話も聞くので、そうなられると後味が悪いから無理強いも出来ない。隣家に僕の従兄の嫁が一人暮らしをしているが、こちらは血の繋がりはないから最近は殆ど没交渉のようである。僕にしても、実の親ではないから別に毎日電話を入れたりする訳でもないが、何時も何かすっきりしない毎日である。
 施設に入る気がないのならせめてと頼み込んで、近所を通る郊外電車の会社が始めた一人暮らしの老人を監視するサーヴィスに去年やっと入って貰った。説得に、サーヴィス会社の説明の立ち会いに、契約に、銀行手続きに、と何度足を運んだことか。監視と言ってもカメラを置いて監視するのではなく、赤外線感知装置を1台、毎日必ず動き回る処に設置するだけである。その装置の前を人が通れば生きている、と言う訳である。だから屋内ペットがいる家では使えない。24時間動きがないと、別途契約している警備会社と僕の家で同時に通報が鳴る。ドキッとしていると、警備会社から電話が入って家に入りますよと事前通告してくるから、うん、そうしてくれと頼む。暫くすると、無人でしたと連絡が入り、ホッとするやら警備会社に具合が悪いやら、と言う事になる。
 この無人で警報が鳴る事を何度かやられた。家の中が散らかっていて監視装置が物に埋まってしまったり、連絡するのを忘れて一泊旅行に出てしまったりしたのである。一時期、幾ら注意しても同じ事が繰り返し起きる事があった。警備会社からはついに、「こちらも家に入る時にはそれなりの覚悟で入るのですから、こう空騒ぎが続くのは困ります」と文句を言われてしまった。その気持ちは良く分かる。最悪の事態を想定して入るのだろうから、幾ら仕事でも玄関を入る時は厭な気分だと容易に想像できる。だが、怒られているうちは未だ良い。そのうちに、ホッと出来ない事態が起こる事を何時も覚悟している。
 警備会社に怒られ、こちらも羊飼いと狼になっては困るので、気が進まないまま家の片付けに行った事がある。しかし実の親ではないし、酷く我儘で気難しい処があるので、やはり勝手に物に触るのも憚られ、かと言って片付けない事にはまた同じ事件が起きるし、正直困った。もう来客など来る事もないから、なるべく動かないで済むように何でも食卓の上と周りに積み上げてある。叔父にしてみれば、如何にも都合よく配置してある諸々の品を勝手に動かされては甚だ迷惑な訳だから、機嫌が余り宜しくないのは当然である。思案の末結局物には触らずに、監視装置の方をなるべく埋もれない場所に移して退散した。しかしその後も偶に誤作動している。何時掃除をしたのか、家の中は埃だらけである。要介護の認定を受けて、偶には掃除・洗濯に来て貰ったらどうかと言うのだが、他人に家に入られるのは厭らしい。高齢者の一人暮らしは、とにかく大変である。
 順番通りなら何れは葬式を出してやらねばならないのだが、こればっかりは早く来ても困るし、かといって何時までも気疲れが続くのも正直困るし、そんなに気を遣っている訳ではないのだが何だか気が晴れない毎日なのである。明日はその叔父と定例の昼食会である。時々昼食を一緒にして様子を見ている訳である。最近は耳が遠くなり、食事も余り楽しくはないけれど、亡父への親孝行と思って勤めている。未だ少しも呆けていないのがせめてもの救いである。