baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 オリンピック

 オリンピックのテレビは今回はそれほど観るまいと思っていたのだが、いざ始まってみれば中々そう偉そうも言えなくなっている。何だかだと毎日、毎晩、テレビを観てしまい、ブログを更新する間もあらばこそ、あっという間に寝不足に陥っているのである。テレビも新聞もオリンピック一色で、結局僕もやはり4年に一度のオリンピックに巻き込まれてしまった。
 日本選手は頑張っているが、銀には手が届いても中々金には手が届かず焦れったい。女子柔道で今日やっと金メダルが一つ取れたようだが、福見や中村のように下馬評では金メダルが確実視されていてもメダルにさえ届かない選手がいる。分かってはいても、これが五輪なのであろう。北島もそうだが、金が当たり前のように期待されてしまうと本人には重圧だと思う。そんな敗者を石もて打つ様なコメントは如何なものかと思うが、中でも気に入らないのは福見友子をボロカスに言う谷亮子である。自分は確かに以前は無敵だったかも知れないが、今は右も左も分からない政治の世界に身を投じて小沢一郎の提灯持ちに成り下がっているのに、自分の過去の栄光を盾に後輩をボロカスに貶すのを聞くと何とも見苦しい。サラリーマンの世界にも自分が若い時には、と手柄話をし後輩を貶す人が必ずいたが、時代は常に変わっているのである。谷亮子も所詮は柔道以外には取り柄のない、世間知らずの人なのであろうが、一流の武道家だからもう少し謙虚で他人思いなのかと思っていた。
 そんな五輪漬けの毎日とも今日からは暫くお別れである。今日からまた仕事でインドネシアに来ているからである。五輪の時に海外にいると、五輪のテレビは観たくても観られなくなる。五輪では何処の国もナショナリズムが高揚するので、テレビの放映は自国の選手が中心になるし、日本の様に殆ど全ての種目にエントリーしていればともかく、自国の選手が出ていない競技は放映の対象にもならない。一方僕にしても、サッカー、柔道、或いは体操のように身近な種目ならまだしも、それほど良く知らない種目で日本人選手が全然写らないテレビを観ても少しも面白くもない。
 それの最たるケースがバングラデシュ駐在の時の五輪であった。当時のバングラデシュは独立直後で国全体が食うや食わずの時だから、五輪と雖もテレビクルーを派遣出来る筈もなく、恐らくは選手も参加していなかったのではなかろうか。何れにしてもテレビでは当時政治的に近かったソ連から配信される映像しかやっていないので、ソ連の選手の活躍ばかり見せつけられたものである。インドネシア駐在中にも五輪はあったが、やはりボクシングだとかテッコンドウだとかバドミントンだとか、インドネシア選手が参加していてそこそこ活躍出来る種目が放映される程度で、日本ほどの馬鹿騒ぎにはならないのである。そしてNHKの国際放送では、五輪の実況放送は放映権の問題から放映されず、ニュースでは選手の顔のスチール写真と音声のみは流されるが肝心の勝利の瞬間、ゴールの瞬間は同じく放映権の問題で観られない。今はインターネットで観られるのかも知れないが、テレビでは海外にいると事ほど左様に五輪とは遠ざかる事になる。サッカーの決勝トーナメントまでには帰りたいものである。