baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 クリス・ジョンが17度目のタイトル防衛

 今日はインドネシアに二人いるボクシングの世界チャンピオンのダブルタイトルマッチがシンガポールで行われた。一つは今や世界でもスーパーが付くWBAフェザー級世界チャンピオン、クリス・ジョンのタイトル戦である。以前、日本のボクサーも挑戦して退けられた事があるが、今の処敵う者無き無敵の世界チャンピオン、クリス・ジョンの17回目の防衛戦である。この数字は確か世界記録の筈である。もう一戦はIBOの同じくフェザー級チャンピオン、ダウッド・ヨルダンの初防衛戦である。ダウッドの方はIBOと言う新興の組織の世界チャンピオンであり、実力はクリス・ジョンとは未だ比較にならない。前座には日本人ボクサーも出て来てフィリピン人ボクサーと対戦していたが、残念ながら判定で3-0で負けていた。
 メイン・イベントの初戦は25歳のダウッド、対するはモンゴル出身で英国在住の41歳のツヴェエンプレフ。年齢差からいっても勝負にならないだろうと思っていたが、若いダウッドはタフで強打のツヴェエンプレフに手を焼き、結局は12ラウンドまで縺れ込んだ。結果は3-0でダウッドの判定勝ちであったが、リーチが20cmぐらいも短かそうなブルファイターに懐に飛び込まれての苦戦であった。しかし最後までクリンチに逃げる事もなく、フェアな試合展開で必死に勝利を手にしたのだがら、大きな自信になったであろう。
 さて今日のメインイベント中のメインイベント、クリス・ジョンの相手は、戦績が47勝無敗2引き分け、27KOと言う華々しい戦績を持つ東洋太平洋チャンピオンのタイのピリヤピニョである。ピリヤピニョは今年に入っての3戦は全てKO勝ちというハードパンチャーで、クリス・ジョンも今日の対戦相手は強敵である、余程気を引き締めないと勝てない、と試合前に正直なコメントをしていた。
 そんな相手であるから、試合前にはどんな試合展開になるのか一抹の不安もあった。しかし、ゴングが鳴ればクリスの一方的な試合展開であった。有効な左ジャブと圧倒的な手数、上下の打ち分け、多彩なパンチは、さしものハードパンチャーも翻弄されて防御一方、ろくに手も出せない。初めの3ラウンドはクリスの距離で、一方的な試合展開になった。4ラウンド目に入り、ピリヤピニョが接近戦を挑み、このラウンドはかなり接戦であったが、接近戦も5ラウンド目に入るとクリスはもう相手の弱点を見抜いて、相手には打たせぬまま何処から出てくるか分からぬパンチを上下に打ち分けてポイントを重ねた。特に執拗なボディ攻撃は、ピリヤピニョが露骨に嫌がり始めて、後半はもうラッキーパンチでも食らわぬ限りはクリスの勝利は揺るがぬ内容であった。
 11ラウンドにはKOチャンスもあったが、実際倒れてもおかしくないパンチが何発も入ったが、ピリヤピニョもタフで、勝負は最終ラウンドにまで縺れ込んだ。判定は当然、ユナニマスでクリスの勝利であった。終わってみれば全く危なげのない、手数でもテクニックでもパンチの正確さでも積極性でも、全てに於いてクリスの一方的な勝利であった。しかもテレビを見ていて分かったのだが、クリスは上体が非常に柔らかい。なので、相手のパンチが当たっても上手に上体をスウェイさせて威力を半減させている。だから一見どんなに良いパンチが入っても、実は見た目ほどのダメージにはなっていないようである。この上体の柔らかさは天性のものであろうが、こんな処にもクリスの強さの秘密があるようである。
 チャンピオンベルトを巻いて直ぐに、イギリス人のリング・アナウンサーがリング上でインタビューを始めた。驚いた事に、クリスは英語の質問に、そのまま流暢とはいえないまでも上手な英語で答えていた。最後にアナウンサーに、インドネシアで応援している母国のファンに母国語で、と促されて初めてインドネシア語で、神への感謝、家族への感謝、応援してくれた同胞への感謝を述べていた。17回連続防衛と言えば、恐らくはもう10年以上も無敗で世界戦を戦い続けている事になろうが、その間に英語もしっかり身に付けたようである。
 この英語インタビューからも分かるのだが、クリス・ジョンは稀代の世界チャンピオンだけあって、その真面目さは人並み外れている。17回もの防衛戦を勝ち抜くコンディション作りにどれだけの節制が求められるかを考えれば自明の事だが、その試合ぶりも真面目そのもの、クリンチやバッティングもなく、最後まで手を抜く事もせずに真剣に戦い抜く。一つ一つのパンチは重く、一つとして手を抜いたパンチはない。しかも手数が多く、左の三連発かと思えば右左、はたまた横から下からとパンチが多彩なので、さすがの強打で鳴らすピリヤピニョも第1ラウンドからいきなり守勢に立たされてしまい、最後まで攻勢に出るチャンスが与えられなかった。
 僕はその真面目さに惹かれて偶々15年程前の、クリスが未だ無名だった頃から応援している。当時は相手に真正面を向いてしまい、お世辞にも上手いボクサーではなかったが、今や押しも押されもせぬ、インドネシアが世界に誇れる稀代の大チャンピオンになった。正に国民的英雄なのである。