baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 またインドネシアへ

 実は25日からまたインドネシアに出張して来ている。前回の出張が、仕事の内容も全く不本意な上に日程も突然の4連休で中途半端に終わってしまい、何とも欲求不満だったので今回は猛烈に気合が入っている。これほどテンションが上がっているのは現役を引退して以来ではなかろうか。仕事は利害相反する4社の思惑を纏めて合意を取り付けるために4社の中の一社が僕を雇っていると言う図式なのだが、相手の3社の中の1社は非常に僕に協力的なので問題はないにも拘わらず、残りの2社が言いたい放題なので途方に暮れているものである。
 それでも前回の出張まではブリザードの中で視界も方向感覚も失って遭難寸前であったものが、今朝のミーティングで今回は奇跡的に目指す頂上が一瞬見え、進むべき方向が定まったのが多少の前進である。とは言え、頂上を目指すには東西南北、何処から攻めようが270°位の壁を1000m位アタックしなければならない程の困難が予想される。せめてもの救いはベースキャンプがしっかりサポートしてくれている事で、それで今にも萎えそうな気を奮い立たせている。頭の中は朝から晩まで想定問答で一杯で、ここのところブログの更新どころではない。気付いてみれば、今日は昼も夜も食事もろくに摂っていなかった。
 25日にジャカルタ空港で驚かされた事がある。通関の列に並んでいたら突然、あちらこちらから大歓声が上がった。何れも税関吏の事務所からである。一瞬何か事件かと身構えたが、歓声がどこか緊迫感に欠けるのではたと気が付いた。そこで手近かにいた税関吏に「今日は何処と何処の試合?」と尋ねたら、僕の想像は図星でインドネシアラオスだと言う。後から分かったのだが、25日にはクアラルンプールで開催されていたアジアの公式サッカー試合にインドネシアが登場していた。それで税関吏は最低限の人間を残してみなテレビを観に事務所に行ってしまっていたのである。通関に時間が掛かるのもむべなるかなであった。結果は2-2のドローでインドネシアにしてみれば甚だ不本意な結果だったようである。インドネシアの公務員の仕事の質が歴然とする一件ではあった。
 如何いう訳か、今日はテレビでパレスチナの事ばかりを流している。大統領は、インドネシアパレスチナの独立を支持し、イスラエルには国連決議に従う事を求める、と演説している。そしてテレビ・キャスターは、米国、英国、そして国連も、誰が一体正義なのかと問うている。真のテロリストはシオニストであり、シオニストは決してユダヤ人と同義ではない、とも主張している。そして、今般の衝突で被害を蒙っているガザ市民の悲惨な様子が、これでもかと繰り返し流されている。今回の衝突による死亡者が、パレスチナではイスラエルの何十倍にも達し、武力衝突は一方的であると強い調子で非難している。日本でのメディアの論調とは180度異なるインドネシアパレスチナ報道である。
 今晩は、交渉相手からの連絡待ちで、ホテルのラウンジでワインを飲みながらも手持無沙汰であった。隣のテーブルに白人の男女が3人、同じくワインを飲みながら話をしている。聞くともなく聞いていたら、一人の男が何とも鷹揚な抑揚で、気障ったらしく何やら演説をぶっている。何事かとよくよく聞いたら、何の事はない、ただゴルフの話をしていただけなのである。テレビで観たゴルフの話程度でどうしてああも鷹揚に、演説調で話をするのか不思議であった。アクセントから、イギリスでも豪州でもなく、米国も南部ではない、恐らくは東海岸だと思うのだが、これほど恰好をつける米国人は初めてである。暫くして食事に立っていったが、通りすがりにも「今晩の食事は如何いう食事かね?」と如何にも貴族調の言葉遣いであった。これでG-パンにポロシャツなら噴飯ものだが、流石にスーツを着用していた。世界には色々な人がいるもので、その出会いには飽きる事がない。