baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 ジャカルタ日記(3)

 ついにジャカルタ滞在が16日目になってしまった。やっと今晩の飛行機で帰れる事になったが、日本は真冬の寒さだと言う。日本を発つ時にはこれ程出張が長引くとは夢にも思わず、未だそれ程寒くなかったので夏服でフラッと出て来てしまった。真冬でも南方へ行く時は面倒なのでコートを持ったりはしないが、夏物のジャケットの下にカーディガンかベストを着こみ、マフラーと手袋をするのが普通である。ところが今回はそんな準備は何もしていないし、身体はすっかり熱帯に慣れているので、流石に少々恐ろしい。せめて機内でマフラーでも買って、後は覚悟を決めて帰る事にしよう。
 16日間もジャカルタにいても、一歩ホテルから外に出れば何時も大渋滞なので仕事以外には外出する事もなく、毎日ホテルと仕事の面談先を往復するだけである。インドネシアの話題はと言えば、大統領の求心力が低下していてポピュリズムに走る余り、労働組合が甘やかされて最低賃金が50%も上がったりするべら棒な話はあるが、後は相も変わらぬ汚職の話ばかりでこれと言った話題はない。翻って日本では総選挙まで一週間を切ったが、中小政党や駆け込み政党が乱立してしまい、しかもお互いにライバルと看做す政党の政策の非難合戦をするかと思えば、肝心の政策がフラ付いたりで、どこも余り話題たり得ない。これではブログのネタが何も出て来ない。
 と頭を痛めていたのだが、ここ数日インドネシアならではの話題が見付かった。現政権の青年スポーツ担当国務大臣のアンディ・マランゲンに汚職容疑が出て来た。ボゴールのハンバラン競技場建設に絡む、資金の不正流用が発覚したのである。ユドヨノ大統領率いる民主党は歴史が浅くバックが弱いので、資金集めが大変なのは想像に難くない。昨年は党の会計担当が汚職容疑で汚職撲滅委員会に追及されそうになり海外に逃亡、結局南アメリカで逮捕された事件があった。この時は容疑者がジャカルタに連行された後、毒殺を恐れて一切飲食を絶ってしまったので生命の危険が心配されるに至り、連日テレビや新聞を賑わしていた。汚職の規模が大きく到底単独犯とは思えなかったので、確かに毒殺されても不思議はない状況であった。それが絶飲食で話題になり、毒殺は免れた。
 この汚職撲滅委員会は大統領から直接、強力な権限を与えられており、先日は長期間にわたる泥仕合の挙句に警察の幹部を逮捕したばかりである。大統領にしてみれば、汚職撲滅は選挙公約だし、実際インドネシア汚職は目を蔽うばかりの惨状だから綱紀粛正は絶対に必要なのだが、かと言ってやはり自分の党が叩かれるのは政治的にはダメージである。少々力を付け過ぎた汚職撲滅委員会の活躍は、大統領にしてみれば痛し痒しであろう。昨日はこの汚職撲滅委員会が、従来からやっている国家公務員の資産公開に加え、公務員の給与で買えるとは思えない資産の購入については、資金の出所を明確にさせると言う新たな方針を公表した。誠に結構な話であるが、インドネシアでは汚職に関与していない公務員を探す方が難しいから、何処まで実行できるかは別として、ひょっとするとまた面白い展開になるかも知れない。
 その汚職撲滅委員会が、今回の事件では先のアンディ大臣を数日前に汚職の容疑者と断定し、国外渡航を禁止した。と言う報道があった翌日に、アンディ大臣は政権に迷惑が掛かるとして大臣職を辞任したのである。従来は汚職をしない偉い人などいなかったから、容疑者になろうが何になろうが蛙の面に小便で、みな逮捕されない限りはのらりくらりと逃げ回って結局うやむやになってしまうのが普通であった。地方の州知事などは、逮捕されてもなお居座ったりもしていた。だからアンディ大臣の辞任が当地では酷く新鮮に見えたのである。
 この辞任を真っ先に賞賛したのが大統領である。そうしたら次に当地のメディアが、アンディは潔が良い、容疑者の鏡である、などと持ち上げ出した。一流誌がこぞって、従来の容疑者とは異なる辞任と言う行動を絶賛、中にはヒーローだと言いだす新聞まで出る始末である。流石に今日あたりは、ヒーローは言い過ぎであると自重を促す論調も出始めたが、何れにしても汚職の容疑者だと言う汚い面は何処へやら、メディアはすっかり辞任に浮かれてしまっているのである。
 信じ難い様なこの話は、やはりインドネシアでは汚職が如何に当たり前になっているかの証左なのである。大統領の家族、知事、大臣、政府の役人、国営企業の幹部、軍人や警察の幹部、などに汚職と無関係な人間がいる筈がないという、国民に共通した長年の常識が底流にある。だから汚職は怪しからんとは言え誰でもやっているのに、この男はさっさと大臣職を放り出した。何時までも職や権力にしがみ付くのが当たり前の世の中で、何とも男らしいではないか、と日本人には凡そ理解の出来ない感心ぶりなのである。