baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 夢酔独言

 昨日の朝、ジャカルタから戻って来た。東南アジアからの戻りはどうしても夜行便が多い。ところが時差の関係やフライト時間が比較的短い事などがあり、ジャカルタからだと精々2-3時間しか寝られない。昨日は寝付きが悪かったのに加え、着陸前の揺れを警戒して朝食が早く出て来たので、朝食は要らないと言ってはあったが周りがうるさくて早々に目が覚めてしまい、2時間も寝られなかった。東京は暖かくて助かったが、成田から帰宅して直ぐに昼の約束に出掛け、更に続けて夕方の約束を消化したので昼から飲み続けとなり、流石に昨晩は早々とダウンしてしまった。そんな次第で昨日もブログの更新が出来なかった。
 今回の旅行中に、勝小吉の「夢酔独言」と言う本を読んだ。勝小吉は幕末の軍艦奉行だった勝海舟の父親で、名うての放蕩無頼の旗本として知られ、子母澤寛の「父子鷹」に主人公として出て来る人物である。この本が無類に面白い。何処までが本当で何処までが大言壮語なのか、或いは虚飾なのか判然としないが、ポンポンとリズムの良い口語調の文章なので当時の江戸言葉の片鱗が随所に現れ、まるで講談か落語を聞いているようである。
 話は小吉の自伝なのだが、子供の頃から極め付きの強情で悪餓鬼であったようである。しかし8歳の時に、昔の8歳は今の6−7歳だろうが、仲間8人で町人の子供40人を相手に喧嘩して負かしてしまった、しかも相手は竹槍を持ち出して来た、などという話があるとちょっと俄には信じ難い。同様の喧嘩や刃傷沙汰の話が次々に出て来て、とにかく手の付けられない悪餓鬼であったことは間違いなさそうである。かと思えば家の金をくすねて家出して、暫くは大した当ても無い旅をしていたが、ある時胡麻の蠅に身ぐるみ剥がれて、それから乞食になって細々と食いつなぎながらも尚処方を巡り、挙げ句の果てには半月程厄介になった親切な町人の家の戸棚から金をくすねて出奔したりする。面白いのは、その後家に帰って落ち着いて暫くしてから、この親切な御仁の家を旅の途中でわざわざ訪ね、金をくすねた事を詰られて弁償している。世の中が暢気だったのか、金をくすねる事に勝小吉には余り罪悪感がなかっただけなのか、或いは悠然と再訪出来る処がこの男の器の大きさだったのか。
 その後も小吉は庭の檻に押し込められたり蟄居を命じられたり、長じてからも随分と物騒がせなのである。しかし何処か豪快で、金も命も一向に大事にしないのが却って痛快である。学問はさっぱりだったらしいが剣術は江戸でも有数の腕前だった上に、そんな性格だから何処へ行っても直ぐに親分のようになってしまったらしい。相当の悪だが心底からの不良では無く、一方で正義感は強いので、悪漢をみれば放っておけなかったのであろう。貧乏なくせに吉原通い三昧で、挙げ句はお内儀に入れあげた女郎を引かせに行かせたりするのだから、幾ら江戸時代とは言え滅茶苦茶である。それが上に書いた、何処までが本当で何処までが大言壮語なのか分からない所以なのだが、最後は自分を反面教師として、決してこんな人生は送るなよ、と言うのである。
 全編を通じて喧嘩の話と金の話ばかりのようだが、当時の生活の有り様なども垣間見え、また滅茶苦茶な内容に反して男の気っ風に魅入られる。この豪放な性格が勝海舟にも遺伝して、江戸城受け渡しの大事に家で寝ていたという逸話が出来るのである。名は忘れたが江戸末期に日本に来た西洋人の某が、「どうして日本人は貧乏で粗末な衣服を着て、ああも始終にこにこと楽しそうに暮らしていられるのか」と呆れたそうだが、そんな市民生活の何処とは無く大らかな雰囲気が伝わってもくる傑作である。