baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 不振の日産

 日産のカルロス・ゴーンが韓国での予定をキャンセルしてまで急遽日本で予定外の記者会見を開き、COOの志賀俊哉を副会長に据えて一線から外してしまった。自動車各社が軒並み業績を上方修正している中、日産のみが下方修正を強いられた事への対応の由だが、メディアでさえも驚いた突然の人事異動であった。席上、ゴーンは日産が業績回復の為に今やるべきことは分かっていると述べたそうである。それが何を意味するのか僕には知る由もないけれど、実は彼は本当は本質が分かっていないのではないかと思えてならない。勿論瀕死の日産を立て直し、瀕死のルノーを立て直した経営者としての腕力は大したものだと思う。しかし彼の経営哲学は、余りにも独り勝ちの哲学なので、特に日本のようなただ勝てば良いというのとは一線を画す文化では、ゴーン流は難しい面が多々あると思わざるを得ない。やはりブラジル生まれのレバノン人には、東洋人の深遠な心の中は理解できる筈もないのかも知れない。
 日産が瀕死であった時には、僕は未だ現役で間接的ながらも日産との商売にも多少の関わりがあった。その時に感じた事であるが、ゴーン流の下請けの値切り方は半端ではなかった。えげつないトヨタでも顔負けの、こんなにまでして、本気で下請けを潰す気かと思った物である。そこには血も涙もなく、過去の柵など顧みる気もないようであった。現実に、何十年も日産と付き合ってきた下請けが何軒も、もうとても従いて行けないと見限って他の自動車メーカーに売り込みを図ったものである。しかし当時の僕の見立てでは、勿論日本的な優柔不断や必要以上の慮りでコスト高であった面はあっただろうが、日産の真の問題は労働組合であり、富士精密とプリンスと日産が合併した結果生じた組織の歪にあったのだと思う。労働組合は塩路天皇とよばれた塩路某を頂点とする組合が余りにも傍若無人で、組合員は組合の了解がなければ海外出張にも出せなかったし、例え出張中の仕事が佳境にあっても年間出張日数が労使協定の限度を越えそうになると出張者は組合の命令で勝手に帰国してしまった。こんなことで仕事が出来る筈はなかった。社内も今のみずほ銀行ではないが、何時までも古い派閥が残っていて、風通しの悪い事この上なかった。ちょっとした値引きにも結論に時間がかかり、モタモタしている間に競合先に商売を取られる事は屡であった。
 一方で車で言えば、当時は「技術の日産、営業のトヨタ」と言われる程、日産の車には魅力があった。僕は給料を取るようになって最初に買った車が、日産ローレルの2ドア・ハードトップであった。当時は流行の最先端をゆく、カッコイイ車であった。2台目はスカイラインを買った。スカイラインも個性豊かな、走りの素晴らしい名車が代々続いていた。本当は僕は、二台目にはフェアーレディーを買いたかったのだが、財布が追いつかなかったもので、フェアレディーは当時は日本を代表するスポーツカーと言えた。斯くの如く当時の日産は、会社の中はガタガタであったけれども、車作りは素晴らしかったと今でも思う。ところがゴーンが来てからは、下請けを値切り倒して採算は好転したかもしれないが、車のコンセプトは全く原則を失い、単に他社の車に似たものを並べるだけになってしまった。日産らしさが何処にも残らなくなってしまった。数年経ってからスカイラインを復活させたが、もう往時のスカイラインの面影は微塵も残っておらず、単にノスタルジアを掻き立てる車名を復活させたに過ぎない。他方で、当時は未だ日産の遥か後方で後塵を拝していたホンダが、ブレる事無く創業者の夢とコンセプトを追い続け、日産が右往左往している間に気が付いてみれば日産を凌駕するまでになってしまった。ホンダには、床下に配置するガソリンタンクの如き新たな発想、そしてフィットに代表されるホンダ本来の車作りが開花していた。
 こうして見ると、やはりカルロス・ゴーンは日本の物作りを全く理解していないと言える。日本の物作りは職人技の域に達していて、決して工場で量産するから同じものが出来る、という訳ではない。そして日本のユーザーもその味を大事にするし、それが日本車の日本車たる所以でもあった。ところがゴーン流はコスト至上主義で、物作りへの拘りは全く感じられない。韓国の合弁事業の稼働率が低ければあっさり特定車種の生産拠点を韓国に移してしまうし、円高トヨタやホンダが四苦八苦しながらも欧米市場を大事に守っていた時に、ゴーン流はコストの安い処へ力を入れた結果、それらの新興国の経済発展が一息つき、逆に欧米が円高是正の恩恵もあって絶好調になっている今、日産はその波に乗れていないのである。僕は昔は日産の車のファンであったのだが、こんな物作りは後回しのコスト至上主義で、短視眼的に懲罰人事をするような会社に良い車が作れる筈がない。カルロス・ゴーン神話もそろそろ底が見えて来たのではなかろうか。