baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 王様の趣味

 先日、中学時代の友人が、現役を引退して始めた畑を見学に行った。畑と言っても、休日に野菜や花を手入れする、10坪ほどの家庭菜園とは訳が違う。8,000平米もある、立派な畑である。後継ぎがいない農家が手放した畑を丸々買い取り、敷地の真ん中に作業小屋と称する瀟洒な小屋を建て、納屋には4輪トラクターが2台、耕運機が1台、草刈り機等が並んでいる。畑にはビニールハウスも出来ていて、一角には栗の木が植えられている。
 彼は中学時代の親友であった。ところが高校から進路が分かれ、段々と疎遠になり、その中にお互い仕事に追われて会うどころではなくなった。大分経ってから風の便りに、彼が大企業でそれなりに成功していると聞いたが、その頃にはもう連絡する術すらなくなっていた。そんな彼に、また会いたいと思い、彼と縁がありそうな友人に会う度に彼の消息を尋ねたが、思うような成果もないまま時が流れていった。そんなある日、例のトトロの菓子職人になった友人が、近々会うと言うのでその仲間へ入れて貰った。そして実に50年振りの再会となったものである。僕は久し振りで嬉しかったが、彼も本当に再会を喜んでくれた。僕と会えていないことが何時も気に掛かっていた、もうこれで思い残すことはない、とまで真顔で言った物である。
 その後余り時を置かずに、二人で改めて夕食を共にした。50年間の積もる話は尽きる事も無く、あっという間に5時間が過ぎていた。お互いに50年間のギャップを埋めるべく色々な話をしているうちに、彼が現役を数年前に引いた後、千葉で畑をやっていると言い出した。それも半端な話ではない。植えている作物も、ネギ、ニンニク、里芋、ジャガイモ、サツマイモ、きうり、トマト、キャベツ、ゴーヤ、茄子、栗、枝豆、トウモロコシ、天豆、スイカ、メロン.....凡そ思い付く物は何でも植えているらしい。しかも、それが趣味だと言う。だから収穫物は一切売ることはなく、無料で知人や兄弟に配って歩いているのだそうだ。
 そんな贅沢な趣味ならば、一度目にしなければこちらも寝覚めが悪い。彼も是非にも来てくれと言う。千葉なら東京から直ぐだし、バイクで行けばショートツーリングも出来て一石二鳥、東南アジア出張から戻ると直ぐに出掛けていった。待ち合わせは東関道のS.A.で、先ずは一緒に成田山新勝寺に向かい、門前町で名物の鰻を食べ、参詣した後は境内を散策し、それから彼の先導で自慢の畑へと足を運んだ。それは聞きしに勝る本物の畑である。よく見れば雑草取りが行き届いていなかったり、畝が少し波打っていたりと、少し素人臭いところもあるけれど、それが却って微笑ましい。しかし、全体を見渡せばとても素人の畑とは思えない。彼が気を利かして買って置いてくれた新品のゴム長に履き替えて、畑の中を隅から隅まで案内して貰った。土の香りが、もう長いこと忘れている、心の中の何かを擽る。
 彼は社会人として成功したので、随分と趣味にはお金を掛けている。中々普通の人間に出来る芸当ではない。しかし、サラリーマンとして成功したら、普通は豪華な家と豪華な車を乗り回して、ゴルフ三昧か何かをするのが凡人だと思うのだが、彼はゴルフもしなければ成功時代の人間ともそれ程付き合わずに、ひたすら自分が好きな土いじりに入れ込んでいる様である。一言で言えば、金のある団塊世代が好きなことをやっているだけではある。しかし、こういう生き方も、これまた面白い。因みに、近隣の農家の人達が、自分たちも売らなくても構わない農作物が作れたらどんなに楽しかろうと言っている由。僕はと言えばお土産に、コダマスイカや大根、トマトなど、バイクのトップケース一杯に採れ立ての野菜を貰って帰った。