baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 今日が回教正月

 インドネシアでは急遽回教正月を一日早めることになったらしい。元々21日が回教正月となっていて、今年のカレンダーにもそう印刷されていたのだが最近になって色々議論が噴出して、最終的に宗教省が昨日の夕刻にイスラム教の高僧を乗せた飛行機を飛ばして月を観測し、午後5時半に昨日が断食明け、本日が回教正月、という事に正式に決めたようである。
 そこで、昨日の断食明けは家族がそろって軽食を取ると近所のマスジッド(回教寺院)に全員揃ってお祈りに行く。最後まで断食を頑張った人は晴れがましく、途中で挫折した人は多少背中を丸めて、それでも嬉々として、隣組が総出で申しわせた様に出掛けて行く。この日のお祈りは殊の外念入りである。
 そして家に戻るとご馳走が待っている。主婦が精魂込めて作った、言って見ればお節料理である。親戚・一族郎党が料理を持ち寄って誰かの家に集まる事も珍しくない。お酒は一切出ないのだが、それでも賑やかに夜遅くまで、どこの家でも宴が続く。
 子供達は食事が終わると列を作って松明行列をする。村の子供たちが総出で、「神は偉大なり」と唱和しながら暗い夜道を松明を掲げて練り歩く。どの顔もにこやかである。
 一夜明ければお正月。また家族総出で朝早くから新年のお祈りに近所のマスジッドに出向く。どの家もほぼ同じ時刻に出掛けるからそこここで新年のご挨拶だ。老若男女抱き合い頬を交わし、「新年おめでとう。昨年一年間、私が何か貴方に悪い事をしていたら、どうか許して下さい」と言いあう。この言い回しは習慣で、家族間でも同様だ。未だ家長がしっかりしている家では、椅子に座っている家長のところに家族一人一人がいざって進み、つま先に手を触れてこの新年の挨拶をし、つま先に接吻する。この伝統はイスラム由来ではなくジャワ土俗信仰由来かも知れない。
 子供達は晴れ着を着せて貰い、お節料理は一日中置いてあるので食べたい時に食べ放題である。午後になると色々な人が新年のあいさつにやって来る。挨拶に来た人には、とにかくお節料理を食べさせる。こちらからも、日頃お世話になっている人や、逆に普段あまり会えない人の家に挨拶に出向く。出向いた家でも食べ物攻勢である。特に、その家の主婦のお得意料理とか珍しい食べ物は、少しでも食べないと絶対に許して貰えない。好き嫌いとか満腹度合いなどは完璧に無視、問答無用である。折角断食で少しスリムになったとしても、大体この時期に誰もが食べ過ぎとなり、閉めてみれば大体断食前より太っている事が多い。
 家主が回教徒であれば訪ね人拒まずで誰でも受け入れるのが習慣なので、この時期にはオープンハウスと言って、大統領以下閣僚や政府機関の高官が時間を決めて敢えて一般に家を解放する。のべつ来られては堪らないので、来たい人はこの時間に来て下さい、と逆指定するのである。流石に大統領官邸は警備が厳しく手荷物も持って入れないけれど、副大統領以下一般の閣僚の家では殆どチェックも警備もなく、保安上から言えば危険極りないのだが事故があったという話は一度も聞かない。
 閣僚の家はやはりポストにより、賑やかな家とひっそりとした家との対比が甚だしい。そして賑やかな家は料理も豊富で頗る美味しい。プルタミナ(石油・ガス公団)のようにお金持ちの公団の総裁の家の食事などは豪華絢爛で、その食事を狙って用もないのに押し掛ける猛者も沢山いた。逆にひっそりした家では家族総出で歓待されて、応接間で大臣と差しでゆっくりお話出来たり、時には奥さま同席で世間話に花が咲いたりもする。そういう大臣が次の政権で突然国防大臣や大蔵大臣になったりするのだが、インドネシアの人はひっそりしていた時に来てくれた人の事は忘れずに、権勢が張ってからも大事にしてくれるので、周囲の人が目を見張るような別扱いで有難い思いをした事もある。
 スハルト大統領の後を襲ったハビビ大統領の自宅には、飛行機やバイクが大好きのハビビさんらしく、大型のハーレーとBMWのバイクが6〜7台も置いてあった。誰彼の区別なく饒舌な人であった。ワヒッド大統領は家が遠かったのと、彼は大統領になる前は宗教家であって政治家ではなかったので、僕は彼が大統領になってから初めて官邸でのオープンハウスを訪問した。官邸でのオープンハウスには未だ一般の人がオフリミットの午前中も比較的早い時間に潜り込んだので、客は各国大使夫妻が中心で少し場違いな感じだったのだが、僕が日本のビジネスマンと知るや、今度来る時は煎餅を持って来てくれ、と持ち前の冗談で応対してくれた。ワヒッド大統領とはその後も何度か公式に面談しているが、面談中はいつも寝ているのか起きているのか分からない人だった。今にも鼾をかきそうな事が何度かあった。メガワティさんは無口で殆ど何も喋らない、常に横でご主人が代弁していた。カラオケとシャブシャブとショッピングが大好きだと言われていたが、事実政治には不向きな人に見受けられた。現大統領のユドヨノさんのお家は、人は多かったけれどもお料理は比較的質素だった印象がある。当時は清廉な人だったように見受けられた。軍人だった息子さんや美しい奥さまを交えて一しきり歓談したりした。
 本来宗教上の行事なので僕達非回教徒には無関係な筈なのだが、それでも僕達まで何だか嬉しくなってウキウキしてしまう、思い出すと何とも懐かしい回教正月が今、海の向こうで進んでいる。