baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 キルギスの政変

 一昨日中央アジアの事を書いたばかりなのだが、昨日キルギスで市民のデモが政府を転覆したというニュースが流れた。僕は旧ソ連、現CISの中央アジア五ヶ国はすべて国名の語尾が「...スタン」だとばかり思っていたのだが、キルギスは「キルギスタン」ではなく「キルギス」が正式のようだ。余談だが、「...スタン」が付く国は他にはその南側のアフガニスタンパキスタンのみである。スタンという言葉は何語が語源だかは良く知らないが、「...の人の土地」と言う意味のようだ。即ち、ウズベキスタンと言えばウズベク人の土地、という意味になる。言い換えるとCIS五ヶ国で、それぞれの民族が異なるという訳だ。ペルシャ系であったりトルコ系であったりするのだ。
 CISの中央アジア五ヶ国は、ソ連時代には中央の政策で各地域ごとに単一産業が育成されて来たそうだ。社会主義的な分業政策である。従い独立して一国として見ると、その唯一の産業以外には殆ど産業が育っていない。それでも地下資源が豊富にあり、既にある程度開発が進んでいるとか外資が投資していれば良いが、地下資源開発もこれからとなると非常に貧しい事になってしまう。中でもキルギスは貧しい国で、地下資源にもそれほど恵まれていない筈である。余談だが、ソ連時代の名残は、産業だけではなく道路にも残っている。道路が国境には無頓着に作られているので、というか当時は未だ国境など無かったのだから当たり前だが、ウズベキスタン天山山脈の近くまでピクニックをした時も、ウズベキスタンから一旦キルギス領に入り数百メートル走って又ウズベキスタン領に戻ると言う、僅かな間に二度も税関を通ると言う面倒な道路があった。
 貧しい事に加え、共産党独裁の影響も残っているのだと思うが、この地域は独裁者による治世が一般的のようだ。民族ごとに、さらに言えば同じ民族でも部族毎にスルタンを戴いてきた歴史も大いに影響しているものであろう。何れの国も大統領独裁であり、カザフスタンに到っては現職大統領が終身大統領になってしまっている。ウズベキスタンのカリモフ大統領も、憲法改正をして延命を図りながら独立以来既に20年大統領の座に居座っている。
 トルクメニスタンニヤゾフ大統領も典型的な独裁政治家であった。街中何処を見回しても殺伐とした風景の中にあるのは大統領の銅像かビルの屋上から垂らしてある巨大な大統領の肖像写真だけである。他には本当に何もない。看板もない。しかし銅像と肖像写真は何処へ行っても目に付いた。また、大統領が毎朝散歩するという、官邸から出ている総延長数十キロに及ぶ私道は圧巻で、遠望すれば万里の長城の如き趣である。小高い丘の中腹を延々と道が走っている。勿論一般人は近づけない。僕の仕事のカウンターパートであった某大臣は、ある日あっけなく失脚してしまった。後からモスクワ経由でインターネットに載った暴露記事によれば、閣議で大統領の不興を買い散々他の大臣の前で罵倒された挙句に即解任されたと言う。大統領に一番近いと目されていた閣僚であった大統領の義弟も、ある日突然解任され投獄された。その後処刑されたという噂も聞いたが真偽の程は分からない。とにかくその独裁ぶりは徹底していて、誰も街では大統領の事は話題にも出来ない。どこに秘密警察がいるか分からないからである。北朝鮮かくありなんと思ったものだ。その恐怖の大統領も数年前に心臓病であっけなく亡くなってしまった。勿論全ての国がトルクメニスタンと同じ訳ではないだろうが、程度の差こそあれ大統領の独裁である事に変わりはない。
 独裁に汚職は付き物である。総じて彼の地の大統領には汚職と言う意識も薄弱であろう。国家自体が自分のものなのだから、そこから上がる利益に公私の区別は余りないのだと思う。正にスルタンの感覚であろう。しかし一般人にとってみれば、産業がないから仕事がない。貧しいから暮らすのがやっとである。大統領はやりたい放題の贅沢三昧で、そのくせ恐ろしい恐怖政治を布く。今はテレビも大きなアンテナを張れば他国から衛星経由で入って来てしまうから、幾ら政府が報道管制を敷いても他国の、特に西側の贅沢で自由な生活振りが目に入る。否が応にも反政府感情は高ぶるであろう。独裁者には統治し難い時代になって来ている。
 今回のキルギスの市民デモによる政府転覆は、新たな中央アジア民主化の流れであろう。7〜8年前にウズベキスタンでもフェルガナで大規模な市民デモが起きた事があった。その時は治安部隊の発砲による鎮圧で政府がデモ隊の抑え込みに成功したが、新聞報道はともかく現地の人の間では死亡した市民は1,000人を越えたと言われていた。今回のキルギスの政変は、近隣の独裁者にとっては大変な脅威となろう。秘密警察による取り締まりが一層厳しくなるのか、市民が一層目覚めるのか、何れにしてもキルギス一国の問題では収まらないように思われる。