baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 小泉純一郎元首相の講演会

 今日は小泉純一郎元首相の講演会を聞きに行った。僕が所属している会で、毎月か2ヶ月に一度、著名人を招いて会員限定の講演会を催しているのだが、僕は従来参加した試しが無い。時には興味を惹かれる講演者がいなかった訳でもないのだが、結局無精が先に立っていたのである。小泉純一郎は、現役時代に特に支持していた訳ではない。むしろ靖国参拝で毎年中国や韓国と軋轢を起こし、外交では米国べったりで外交下手の変人だと思っていた位である。ただ、昨今の民主党の体たらくを見ていて、改めて小泉純一郎の歯切れの良い話を聞いてみたくなったのである。
 僕と同じ思いの人が多かったのか、或いは未だに小泉純一郎を支持する人が多いのか、今日は講演会始まって以来の多数の聴衆が集まったそうである。ホール一杯の聴衆を前に、演壇に上がって来た小泉純一郎は、やはり何処かオーラが出ているような、常人とは異なる雰囲気を持っていた。思っていたより顔が細かったのは、痩せたのか、テレビや新聞写真の方がふっくらと見えるのか。
 政治家には一般に話の上手な人が多いが、小泉純一郎の話は天下一品であった。声の抑揚、間の取り方、目線、手振り、どれをとってもまるでプロの噺家のように聴衆を逸らさない。勿論話の内容も面白いのであるが、それを聞かせるテクニックに先ず驚いた。国会答弁の時とはまるで異なる、ユーモアたっぷりの話上手であった。
 先ず、民主党が政権を取って良かった、と言う話から始まった。自民党が50年も政権与党であることが不自然で、遅かれ早かれ与野党政権交代があるという事である。それでも、民主党政権がたったの一年でこれ程色々あるとは思わなかったとチラッと皮肉も交えながら、同時に同じ事が自民党で起きていたら国民の批判はこんな物では収まらなかったであろう、と政権与党の辛さを披歴していた。もう少し民主党批判が出るかと思ったが、そういう生臭い話をストレートにする事は一切無く、時折ユーモラスで皮肉なコメントが出るのみであった。僕のブログの様に露骨にガンガン批判するのではなく、やんわりと、しかし笑わせながらも相当強烈に批判するテクニックには学ぶ処が多かった。
 最初から最後まで、話は落語を聞くように面白かったのだが、中でも強く印象に残ったエピソードを一つ二つ披露しよう。
 彼は日米関係が強固であって初めて第三国との外交が上手く行くと言う考えであったそうである。日米関係が揺らげば足元を見られて、他国との外交も上手く行かないという理屈である。それがメディアに、米国べったり、米国のお追従外交、と叩かれた所以だそうだ。しかし、その考えは実に正しかったのである。米国との関係に距離を置こうとした鳩山由紀夫は物の見事に東アジアでの外交に失敗し、友愛などと言うママゴトのようなスローガンですっかり近隣諸国から見下されてしまった。しかもオバマ大統領にも相手にされなくなってしまった。実際、これ程酷い外交もなかった。
 僕は小泉純一郎靖国参拝と米国べったりを、正直彼は外交が下手だと思っていた。しかし、その真意を聞けば、靖国参拝はともかく、しっかり世界の力関係を読み切っていた事になる。強固な日米関係が全ての外交の基礎と言う、極めて真っ当な考えの持ち主であったのだ。それが僕の眼には米国以外の国との外交が疎かの様に見えたのだが、ひょっとすると僕の目が短視眼だったのかも知れない。
 ある年のAPECの時の話。小泉は大きな国際会議の際には必ず、先ず米中ロとの個別の首脳会談を設定し、それからそれ以外の国の首脳との会談を詰めていったそうである。その年のAPECの前にも同じ手順を踏んだが、胡錦涛国家主席からだけ返事が来ない。それで出発の前日に外務省に督促させたら、「来年の靖国神社参拝をしないと言うなら会おう」と言って来た由。即座に「来年も靖国参拝はします。それが理由で会わないと言うならそれでも結構」と返事をしたら、直ぐに「会う。但し、靖国神社に来年も参拝するとは言わないで欲しい」と言って来たそうである。小泉もこの申し入れは受け容れて、メディアに来年の靖国神社参拝の是非を問われた時には「適切に対応します」と言う返事で押し通したそうである。
 その直後に別の国際会議で、温家宝首相が会談を申し入れて来た由。直近に国家主席と会談したばかりだし、そんなに気を遣わなくて良いと返事をしたら「それでも、どうしても時間が欲しい」と言って来た。この時も「但し、靖国参拝については言わないで欲しい」と言う条件があったそうで、小泉はこの時も「適切に対応する」とメディアを煙に巻いて面談を実現させたそうである。更にその翌年の愛知万博の際には国家副主席の王某女史からも面談の要請があり、「靖国参拝の話をしないのならお受けする」と返事をしたところ、女史は面談せずに本国に急用が出来たとして急遽帰国してしまった。随分失礼な話だと思っていた処、最近聞いた話では嘘か誠か、王女史には本国から靖国参拝について非難すべしとの指示があったので、急遽帰国してしまったようだ、との話であった。
 その他、政治の難しさ、世論やメディアの反応の難しさ、厚生省に関わる種々のエピソードなど、話題には事欠かずにあっと言う間の一時間であった。特に後期高齢者保険制度のネーミングをどうするか、確かに余り良いネーミングではなかったが、末期高齢者だとか終末高齢者などという案も検討されたが、それに比べれば大分増しと言う裏話もあった。
 小泉純一郎は、現役の総理の時は頑固で自信過剰だという印象があったが、こうして直接話を聞けばやはり大したものだと改めて得心するのである。政治家と言うのは、小泉位頑固でなければ、今の政権のように迷走を重ね、ブレが大きくなってしまうのであろう。そして、外交下手という印象も、実は彼は本質を見抜いていたのだが、自民党の長期政権が故にマスコミに叩かれたものかも知れない。日頃から思う処ではあるが、マスコミの無責任な世論操作には常に検証する精神を持って対峙しないと、ついついミスリードされて仕舞うという事にも改めて気付かされた小泉純一郎の講演会であった。