baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 ムバラク政権倒壊に重なるスハルトの辞任劇

 夕べこのブログに書いていた、エジプトのムバラク大統領がついに辞任した。昨晩権限を軍に移譲したそうである。僕はエジプトの事は良く知らないのだが、憲法では副大統領に権限が移譲されることになっていると言う。ところが、副大統領に権限移譲されてしまうと、憲法改正など、次の大統領選挙までにしなければならない民主化プロセスに手が付けられなくなるので、超法規的に軍に権限移譲を行ったようである。今の憲法のままでは次期大統領候補の立候補すら難しいらしいから、大統領選までに憲法改正を行うのは必要な事なのであろう。
 早速ポスト・ムバラクが話題になり始めた。ムバラクは独裁で、国の政事を好き勝手にやってきた。しかし、同時にエジプトの経済発展と国家の安定に対する貢献は非常に大きかったと言う。また独裁者の常として、ムバラクも後継者を育成していない。従い、ポスト・ムバラクを率いる強力な指導者が見当たらないらしい。それだけに、ムバラクが下りた後の経済政策如何では、また民衆に不満が鬱積して、遠からず国全体が混乱に陥るリスクが大いにあると見られている。
 こういう話を聞いて、インドネシアで32年間独裁制を布いて来たスハルトが政権を下りた時の事を想い出す。1998年5月、やはり学生運動起爆剤となり、12日には治安部隊が発砲してトリサクティ大学の学生が6人射殺された。14日には市内で大暴動と略奪、放火が起きた。その日、11階にある僕の事務所から市内を見渡せば、其処彼処に黒煙が上がり、多数の警察のヘリコプターが市内上空を低空で飛び交う異様な雰囲気であった。道路からは車が殆ど消えてしまった。日本大使館からは、在留邦人に国外退去勧告が出された。子会社を入れて100人近くいた駐在員は、手当たり次第に予約を入れて、予約の取れた者から近隣のシンガポール、クアラルンプール、バンコクに避難させた。180人ほどいた駐在員家族は、日本政府が手配した日航の特別チャーター便2機に乗せて日本に帰国させた。チャーター便が迎えに来た18日の夜は、ジャカルタ空港はもう国外脱出を図る外国人や中国系インドネシア人で混乱を極めており、小さな子供を抱える駐在員夫人には過酷な状況であったので、出国手続きは全て事前に僕たちが済ませてしまい、家族は自宅から駐在の女性社員を付き添いに付けて直接飛行機に乗り込むという離れ業で無事に帰国させた。
 この頃から、ジャカルタ市内では一般の車は見られなくなり、道路で見られるのは治安部隊とその戦車、装甲車位になってしまった。学生達は、それぞれのキャンパスでは相変わらず気勢を上げていたが道路でのデモは下火になり、変わりに国会議事堂を占拠した。国会議事堂の丸屋根に学生たちがよじ登り、旗を振り回しているのが、僕達居残り組が入ったヒルトンホテルの部屋から良く見えた。緊迫した時間が流れる中で、22日になりスハルト大統領が夜、テレビ会見をして辞任を発表した。憲法に則り、政権は副大統領のハビビに移譲された。この時のスハルトの姿は目に焼き付いて忘れられない。32年間独裁を布いてきた権力者の淋しい末後であった。そしてその3日後の25日未明に、スハルトの娘婿のプラボウォ少将がバンドン近郊の駐屯地から陸軍の大部隊を率いて、夜陰に乗じてジャカルタ近郊のプンチャックまで進軍してきた。クーデターで政権を奪取しようとしたのである。これに対するはスハルト子飼いのウィラント少将。瀬戸際の話し合いで、プラボウォがクーデターを諦めて引き返したので、クーデター計画は闇から闇へと葬り去られ、国民は何も知らされずに終わる。政権は平和裏に、憲法に則って移譲された。しかし、クーデターの動きをキャッチしていた僕達は、その晩は一晩まんじりともせずに明かしたものである。
 それからのインドネシアは混乱を極める事になる。何故なら、独裁者は自身の立場を危うくするかも知れない後継者は早目に潰してしまうので、いざとなると後継者が全く育っていないのである。また、今の民主党ではないが、いざ政権を担うとなるとそれなりの知識や経験がないと、急に出来る物ではなかったのである。そして最も始末の悪かったのは、それまで良くも悪くも独裁者に従順であった民衆が、突然民主化の名の下に解き放たれてしまった事である。民主主義に不慣れで、権利と裏腹の義務を全く顧みない民衆が、権利だけを求め、要求が通らないと直ぐにデモやピケを張る様になってしまった。しかも、教育水準が低いから、その要求も現実離れしたとんでもない物が多かった。そんなこんなで、インドネシア経済は前年の通貨危機から一向に回復出来ず、やっと元の軌道に乗るまでに8年程掛ってしまった。それから更に5年程経た現在、インドネシアもやっと往時の、アセアンの雄たる姿を取り戻しつつあるが、この間に水を開けられたマレーシアには未だ当分後塵を拝するしかなくなっている。
 エジプトはこれからどうなるであろうか。最近になり外国投資も始まったと言うが、ムバラク独裁の精算に、10年位足踏みをするかも知れない。それでも、今後エジプトの民主化が伸長し、同時に従来の穏健主義が存続するのなら大いに結構だが、政治が混乱している隙を突いて過激派が影響力を持つようになると困る。インドネシアは無事に再び発展の途についたが、エジプトにも何とか上手く着地して欲しいと願う。こうして見ると明らかなように、発展途上国では独裁があながち悪だとは言い切れないし、独裁が倒れると国が混乱し、経済が疲弊するリスクがあるのである。