baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 断食

 仕事も、特段の予定もなかったので、試しに断食の初日を一緒に体験してみようと思い立った。今までも何度か断食がどういうものか一度試してみようと思った事はあるが、結局予定からみて無理そうだったり、何もなくても最期は億劫で、未だ一度も試した事はなかった。たまたま今日は、偶然だが断食に挑戦する条件が揃った。
 細かい決まりが色々あるらしいが、それらを追求して行くと結局は国により習慣により細部が少しづつが異なって来て、結局は何処までが本来のアラーの指示なのかが分からなくなる。インドネシアでも断食はした事がないから、インドネシアの流儀も分からない。でもよく考えれば、イスラム教は本来はアラーと個人との相対の関係であってそこには第三者は介在しないのだから、自分の判断でやれば良い筈だと思い到った。飲み食いを止める時間も解説書によりバラツキがあるので自分で3時半と決めて、3時半以降は陽が沈むまでは飲み食いをしない事とした。3時半なら、朝食の後から日の出までの間にお清めや礼拝の時間は充分取れる筈だからである。どんな朝ご飯を食べたら良いのかも分からないので、普通にトーストと紅茶を口にした。登山をする人ならともかく、こんな朝からだとそもそも食べ物が喉を通らない。飲み物だけは、これからどういう事になるのか想像も付かないので、少し多めに口にした。
 それからブログを書いたりしていて、陽が昇ってから横になった。朝は普通に起きて、喉が渇いていたのでごく自然に水を飲みそうになり、断食している事を思い出した。コーヒーセットは夕べのうちに片付けておいたので、流石にコーヒーを煎れそうになると言う事はなかった。朝起きて何もしないと言うのは、何とも手持ち無沙汰で落ち着かないものだと思いながら、新聞を読み、テレビでニュースを見た。
 幸い今日は季節外れに涼しいので、大汗を掻くこともなく時間は経ってゆく。午後になっても特に苦しいとか空腹だということはない。大体最近は歳のせいで、空腹にはとみに鈍感になっているので、もとより空腹感は余り心配していなかったのだが、喉の渇きもそれ程ではない。とは言いながらもつい自然に何度か、何か飲もうと体が動いてしまいはっと思い直した。空腹感は午後早い時間に一度やって来たが、それを遣り過ごしたらもうどうと言う事はない。
 しかし渇きは刻一刻と増してくる。特に夕方の4時頃からは、酷く喉の渇きを感じ始めた。そして5時半ぐらいからは時間が気になり始めた。辛くなってきたと言っても良い。今日の東京の断食明けは6時54分である。6時ぐらいになるともう、別に試しにやっているだけなのだから、大体感じは分かったからもう良いか、などと言う悪魔の囁きが聞こえ始める。そして、これがアラーの言う自己鍛錬の場なのかと思ったりもする。体を動かしていないと思いが飲み物に行ってしまうので、家の中の雑用をして気を紛らわせた。断食開けが、酷く待ち遠しくなって来た。
 気がついたらもう6時54分を過ぎていたので、少量の水を口にした。インドネシアならアザーンが流れてきていやでも断食が開けた事が分かるのだが、日本では自分で時計を見ないと何も分からない。水を口にして内心ほっとしたが、期待した程水が美味しいという事はなかった。それよりも、水を口にした途端に猛烈な空腹感に襲われて我ながらびっくりした。そこでビスケットの様な物を少し食べた。急に食べると体に良くないとは聞いていたが、実際には自分でも急に食べるとお腹が痛くなりそうな、軽く刺すような胃の反応を自覚した。
 暫く間を置いてから、断食成功の一献を上げることにして普段と同じツマミを口にした。胃はもう普通に戻っているようである。しかし夕食の段になると余り食欲がない。結局夕食は9時過ぎになってから食べる事になった。それも少し食べると何だか苦しくなってしまう。そこで途中で一休みしたりしながら食べる羽目になった。
 たった一日の事だから何が分かる訳でもないが、今日のような涼しい日でも、夕方になっての喉の渇きは相当なものであった。僕の様な高齢の者でもそうなのだから、若い人にはかなりの苦行だと想像出来る。これを30日も続けるのは、並大抵な事ではないという思いを新たにする。インドネシアで、運転手やキャディが10日もすると降参していたのを思い出す。彼らの仕事の時間は断食中と雖も容赦なく周囲の都合に振り回されるから、無理もないと以前から思ってはいたが、一日試してみるとその苛酷さが実感できる。特に睡眠時間の確保と時間の割り振りには、相当の努力が必要だと思われる。
 持てない者を思い遣る、とか食べ物や飲み物がある事が普通だと思ってはいけない、とか色々言われるが、僅か一日では到底そんな境地には到らない。ただ、想像を絶する程の苦行でもないが、かと言って馬鹿にする程簡単な事でも無い、やはり非常に強い意志と信仰心がなければとても30日も続けられる事では無いと言うのが結論である。そして改めて、断食中の人には今まで以上に気を遣ってあげようという気になった。