baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 農薬入り冷凍食品事件

 既に旬の過ぎた話ではあるが、冷凍食品に農薬が混入された事件に関連するニュースが、未だに時々テレビや新聞に取り上げられる。そして食品各社が同様の事件を防止する為に、制服からポケットをなくすだとか工場内への立ち入りを一層厳しくする、などと対策を講じるニュースが流れる。何れも従業員万人性悪説に立った対策である。
 今回の事件は初めから内部の者の犯行である事は、素人にも容易に想像された。今回の事件で誰でもが思い出した、数年前の中国製冷凍餃子毒入り事件の時と同様、外装に毒物を混入した痕跡が見つからないという報道が当初から流れていたからである。中国の毒入り餃子の時は、それにも拘らず早々と中国側の捜査関係者が来日して合同捜査という名ばかりの情報交換を終えるとなんの根拠も示さぬまま、中国側での毒物混入は不可能であるから、毒物は日本に入ってから混入されたという声明を残して帰国してしまった。いかにも中国人らしい、とにかく責任は自分にはないと、真っ先に声高に主張した訳である。だからと言ってそれをそのまま鵜呑みにした日本人は一人もおるまいと思ったものである。案の定、それから1年数ヶ月を経て、中国人の犯人が中国で捕まった。
 今回は内部の人間の聞き取り調査を徹底的に行い、農薬が混入された日と従業員の出欠シフトを照合するなどして浮かび上がった容疑者が、結局は犯行を自白した。犯人は少し変わった性癖を持った50近い男の契約社員で、会社の待遇に不満があって犯行に及んだものの、反響の大きさに驚いたと言う事らしい。そしてそれを受けて、何度も話題になるのが、冒頭の従業員万人性悪説に拠って立った企業の安全見直し策である。
 元々日本には従業員を大切にする、万人性善説とも言える労使関係の伝統があった。一度入社させたら家族同様、滅多な事では馘にしない。仕事がなければ、ペンキ塗りや草むしりをさせてでも給料を払い、従業員も会社の為なら何を仰せつかっても文句を言わずに黙々と仕事をした。そういう風土があったればこそ、日本は世界に先駆けてTQCを導入出来たし、また末端の一従業員にまでその精神が浸透して、少しでも品質が向上する様に、少しでも歩留まりが上がるように、少しでも無駄を省いて会社が儲かるようにと、労使がそれこそ一丸となって物作りに励んだ。その結果、世界に冠たる日本の高品質な物作りが実現された。そんな現場を外国人が見て、如何してあんな下っ端の従業員がああも懸命に会社の業績に貢献しようと努力するのか理解できない、と驚き首を傾げた。
 ところが何時の頃からか、恐らくこの四半世紀位の事だと思うが、レイオフが出来ない日本では肩叩きが一世を風靡し、従業員が泣こうが苦しもうが会社さえ儲かれば良いと言う風潮が起きた。僕が唾棄するカルロス−ゴーンがもてはやされ、本やコミックスでまで英雄の如く持て囃されたのもこの時期である。ではカルロス/ゴーンが何をしたかと言えば、一面では確かに倒産寸前であった日産を再生させたが、反面では情け容赦なく下請けを叩きまくり値切りまくり、付いて来れぬ下請けは倒産しようが如何なろうが知ったことではないと言う手法であった。
 昔は松下幸之助翁の様に、商売は程良く儲けて後は皆が幸せになるのが王道だという哲学があった。だから大企業と下請けの間にも、持ちつ凭れつの、阿吽の呼吸の関係があった。ところがそれがこの頃を境に、勝てば官軍、負けるのは負けた奴が悪いという風潮になってしまった。しかし平場で戦えば大企業が勝つに決まっている。だから自然に、力のある者が独り勝ちする風潮が蔓延ってしまった。その良い例がトヨタである。トヨタは今期は1兆数千億も利益を出すと威張っているが、その陰でどれだけの下請けが泣いている事か。円安はトヨタ一人が享受して、そのお蔭で値上げして貰ったと言う下請けの話なぞ聞いた事がない。円安で2割も輸出代金が上がるのなら、2割とは言わずともその一部は下請けに還元されてしかるべきなのにである。こう言えばトヨタはこう反論するであろう、為替のリスクはトヨタが一人で背負っていると。それはその通りである。しかし円高の時には、為替損の代わりに下請けに2割、3割と値引きを無理強いした事には頬被りである。
 世の中の風潮がこうなってくれば、大小を問わず企業も自分が生き延びるのは自分の裁量だけになってしまう。そこで手っ取り早く財務体質を改善する為に人件費を削る。正社員を減らし、契約社員を増やす。給与は値上げせず、労働条件は益々厳しくする。そうなると会社に忠誠心を持てない従業員が増え、会社の待遇に不満を持つ従業員が増える。忠誠心が欠けていて待遇に不満があれば、仕返しに会社の評判を落とす悪さをする従業員が出て来ても不思議はない。そこで企業は従業員万人性悪説に立って、従業員の人間性を無視した規則をまた作る。と、今の日本は全くの悪循環に陥っている。
 カルロス・ゴーンなどが持て囃されること自体が間違っている。彼の経営哲学は日本には馴染まない。それが証拠に、取り敢えず日産は倒産こそ免れたが、少なくとも日本では思う様にシェアが伸びない。当たり前である。スカイラインだとかフェアレディーだとか、曾て日産を代表した名車が今や何の特色も無い、名前だけ受け継いだ只の凡車になっているのだから、曾ての日産贔屓だった消費者には選ぶ車が無いのである。何でも目先だけ儲かれば良い訳ではなく、日本には独特の、伝統を大切にする心がある。それが理解出来ぬと日産の如くになってしまう。
 今回の農薬混入事件では、幸い農薬が劇薬ではなかったから大惨事にはならなかったが、偏に犯人を責めるだけでは根本的な解決にはならない。以前ならこんな、内部の人間が毒を混入する様な事件は、中国でなら幾ら起きても不思議はなくとも、日本でだけは起き得ない事件だったと思う。その根源は、日本独特の、企業と従業員が一体となった家族的な雇用関係が崩壊してしまった事にある。やはり、日本には日本の風土にあった雇用関係があってしかるべきではなかろうか。何でも合理的な欧米式ばかりでは、形こそ違え、似たような社会問題がこれからも次々と出て来る気がしてならない。