baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 日本人の留学離れ

 OECDが公表した報告書によると、海外で高等教育を受ける日本人は加盟国34ヶ国の中で下から2番目に少ないと言う。因みにブービーメーカーは米国との事。随分前から日本人の留学離れが言われ始め、米国の名門ハーバードでもめっきり日本人留学生が減ってしまったと言われるが、OECDの報告書でもその傾向がはっきり証明された事になる。
 僕の若い頃は、未だ円は対ドル360余円で、外遊する時に持ち出せる外貨は最大800ドルと言う時代であった。初任給が3万円とか3万5千円だったから、それでも800ドルと言えば半年以上の給料に匹敵する大金であった。当時800ドル以上を持ち出そうとする場合には、事前にしかるべき理由と共に特別許可を日銀に申請して許可を得なければならなかった。ペラペラの紙一枚の許可証は、パスポートに糊付けされていたと記憶する。外貨管理は未だその位厳しかった。飛行機にしても、多くの国は何処かを経由して乗り継いで行かねばならなかったし、週に一便しか飛んでいない航路も珍しくなかった。1980年代ですら、例えばベトナムホーチミンへ行こうとすれば、日本からはバンコク経由で毎週金曜日に往復するエアーフランス1便だけで、あとはハノイバンコクのタイ・エアー(タイの国内線)が週に2便あった程度である。当時のベトナムは、モスクワとバンコクにしか飛行機がなかったと思う。だからホーチミンでエアーフランスに乗り損ねると、用があろうと無かろうと一週間待機せざるを得なかった。ことほど左様に外国は遠かった。
 そんな時代だから、テレビではアメリカのフィルムは頻繁に放映されていたが、今の様な旅行物は稀であった。僕は見た事がないので良く分からないが、兼高かほるの世界旅行番組に人気があったのも、そんな時代背景からであろうか。ダッカ赤軍のハイジャック事件が起きたのは確か1977年であったと記憶するが、当時は日本のメディアには未だダッカの地図や資料写真も乏しく、勤め先の広報を通じて帰国したばかりの僕に大手新聞社から資料提供の要請があった程である。例えばダッカの飛行場と街の位置関係が、大手新聞社ですら把握できていなかったのである。とにかく外国に関する知識は今とは比べ物にならぬほど貧弱であった。
 それ故か如何かは分からないけれども、当時は海外に雄飛すると言うのは多くの若者の夢であった。日本が相対的に未だ貧しかった事もあろう、米国はもとより、ブラジルやペルーなど南米に移住を希望する若者も珍しくなかった。斯く言う僕も、移住こそ思わなかったけれども、海外で仕事をするのは夢であったし、大学に進学した頃には漠然と海外留学したいと言う思いはあった。しかし親の懐を思えば、私費で留学をする事など思いも付かなかった。少し時代が下ると、日本でロクな大学に行けない裕福な家庭の子女が、海外留学する風潮が出て来た時期があった様に思う。このての学生は元々出来が悪い上に、確たる留学目的も持っていないから留学先でも大して勉強もせず、日本人同士でつるんでしまうから外国語すら殆ど身に付かづに帰国している。ちゃんと卒業出来たかどうかも、選挙に立候補でもしない限りは傍には分からないレベルと言える。しかし、こういう留学は単なる留学生の数の水増しに過ぎないから無意味と言える。
 今は外国についての情報は何処にでも氾濫している。行こうと思えば何時でも何処へでも、気軽に旅行できる時代になった。しかも費用は、場所と時期によっては国内旅行よりも安いから、ちょっとアルバイトをした程度でも簡単に行けるようになった。これだけ外国が身近になると、僕らの時代の様に何となく海外に憧れると言うことはなくなって当たり前とも言える。更には、日本人の留学生が減った理由には、単に若者が海外に憧れなくなったと言う理由以外に、就職事情もあると思う。日本の大卒の就職が氷河期と言われたこの数年は特に、海外留学したからと言って就職にプラスになる訳でもないから、就職の事を考えれば日本の大学に在籍していた方が安全であったろう。実際企業の側から見れば、何か特別な技能を求めない限りは海外留学しているからといっても特別優秀な人材とは限らず、留学組だから特別扱いするという事はないのが普通だと思う。
 何が言いたいかと言うと、日本人留学生が少なくても別に構わないと言いたいのである。何も無理をしてまで留学生を増やす必要はない。日本人の留学生が減ったからと言って、取り立てて大騒ぎする事はあるまい。少なくとも日本の就職事情が改善すれば、自然に留学生もまた増え始めるであろうと言うのが、僕の何の根拠もない予測である。勿論、遊び半分でも何でも、留学したい人は事情が許すならどんどん留学すれば良いけれども、別に無理に留学させなくても、日本でも勉強したい人間には勉強する環境は十分備わっていると思う。だから遊び半分ではなくて真剣に留学するなら、海外の高名な教師に直接習いたい、或いは日本では未だ世界の水準に追いついていない分野の勉強をしたい、と言ったしっかりした目的を持って留学して欲しいと思う。外国語を極めたい、と言うのも立派な動機ではあるが、ただ日常生活に不自由がない程度の外国語であれば何も留学までする必要はない。ドナルド・キーンを見習え、とは言わぬまでも、留学するからには、その国に住まなければ身に付かないレベルまでは極めて欲しいものである。などと書き連ねると、何だかストーイックに留学せよと言っているみたいだが、そんな積りは毛頭ない。海外で生活する事は異なった文化、言語、環境、時には宗教に肌で触れる訳だから、過ごし方によっては人間の幅を頗る大きくしてくれる良い経験となる事は間違いない。ただ一つ、如何なる環境でも、日本人としてのアイデンティティだけはしっかりと堅持して欲しいものである。