baiksajaの日記

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 ジョコウィが大統領選に出馬

 今回のジャカルタ出張中の最大のニュースは、現ジャカルタ知事のジョコウィが正式に闘争民主党の大統領候補に選ばれた事であろう。今朝のニュースである。
 闘争民主党は、国民的英雄であるスカルノ初代大統領の長女のメガワティが党首をしており、メガワティ自身もスハルト政権崩壊後に第4代大統領ワヒッドが任期途中で大統領を辞任した後を継ぎ、第5代大統領を務めた事がある。このブログにもデヴィ夫人との不仲などの記事に登場した事があるが、当時は国民の熱狂的な期待を背負っていた。しかし大統領に就いて程なく、身内の汚職疑惑や当人の政治力の無さが露わになりあっと言う間に人気は凋落した。
 その後現大統領のユドヨノがメガワティを躱して二期連続大統領に就いたのだが、クリーンなイメージであったユドヨノも結局は同じ穴の狢であった事が分かり国民の失望を招いている。しかしスハルトの32年に及ぶ独裁政権への反省から、ワヒッドの時に大統領の任期は二期までと憲法が改正された。従い今年の大統領選では、ユドヨノの続投はあり得ないので、次期大統領が誰になるかは万民の興味の的である。
 昨今メキメキと頭角を現しているのが、ジョコウィである。ジョコウィの事は以前にも書いているが、元々ジャワの出身であるので、一番基本的なインドネシアの大統領の資格は満たしている。別にジャワ人でなければならない決まりはないが、インドネシアの人口の60%を占めるジャワ人でないと、中々インドネシアを纏めるのは難しい。
 ところがジョコウィの所属する闘争民主党では、メガワティ側近はメガワティの立候補を強く推していた。野党第一党々首のメガワティの側近である事による余禄が手放せない連中である。例えメガワティがまた大統領になれなくとも、とにかく余禄は手放したくない程美味しいのであろう。一方で、既にその無能力を暴露してしまったメガワティでは大統領選は戦えないと冷静な判断をしているグループもあり、このグループはメガワティに出馬を断念させようと懸命の説得を続けていたと言う。そして最終的には、昨日メガワティが次期大統領候補はジョコウィであると明言した。余談だが、このメガワティは奇しくも僕と生年月日を一にする。
 ジョコウィは元々は中部ジャワのソロ出身で、子供の頃は貧しかったようである。大学を出てからは木材関係の仕事に就き、その後独立して同じく中部ジャワのジョクジャカルタで家具の製造を始めた。ジャカルタコングロマリットの様な大きな企業になった訳ではないが、刻苦勉励してそれなりの成功は収めたようである。そして出身地のソロで政界にデビューする。ソロでは庶民感覚を持ち、且つ決断力と実行力に秀でた優れた知事として一世を風靡し、その余勢を駆ってジャカルタ特別州知事に立候補し、見事に当選を果たしたのは未だ一昨年末の事である。
 その後のジャカルタでのジョコウィの名声は上がる一方である。彼がクリーンである事を疑う者はいないが、そういう人物を探す事が殆ど不可能に近いインドネシアでは、もうその一事で大変な英雄である。その庶民感覚は、大渋滞で会議に遅れそうになったりすれば大統領以下、閣僚、知事、将軍など偉い人は道路を封鎖して、パトカーと白バイに先導されながら瞬く間に目の前を通り過ぎて行くのが当たり前のジャカルタで、さっさと公用車から降りると110cc位のカブの様なオートバイのタクシーに乗り換えて会議場に急ぐと言うのである。仕方がないので市の幹部も倣わざるを得ない。まぁこれはかなり大向こう受けを狙ったパーフォーマンスとも取れるが、少なくとも従来の偉い人には思いもよらぬ事をする。
 ジョコウィがジャカルタ特別州知事に就任して最初にやったのは、大型公共プロジェクトの洗い直しである。多くの工事が止まってしまった。しかし、何処かの民主党の様に、やりかけの工事を止めさせようとした訳ではなく、徹底的に汚職を洗い出したのである。すると出るわ出るわ、使途不明の出金が次から次へと明るみに出た。そしてそれらを全て潰してから、工事を再開させた。するとそれまでダラダラと時間ばかり掛かり、約束の工期など唐の昔に過ぎていた公共工事があっという間に完成するのである。公共工事では、賄賂の元を取るべく何かと理屈をこねて追加資金を出させようとする業者と、追加資金にかこつけて更に懐を肥やそうとする役人の綱引きで、しばしば工事が中断するのとは正反対だったのである。
 或いは昨今毎年の恒例行事の如きジャカルタの大洪水対策で、川辺の不法住宅を撤去する代わりに集合住宅を建てて、川辺の貧民を強制移住させたと言う。その家賃は名目程度の安い家賃だそうだが、それすらも払えない貧民には家賃免除の特例もあると言う。そして川辺のゴミを減らし、洪水を少しでも無くそうとしている。ジョコウィに言わせれば、ジャカルタは裕福だから、正しく税金を遣えばこの程度の事業は幾らでも出来る、と言うことの様である。
 こういう話は枚挙に暇がない。話の出所はたまたま乗り合わせたタクシーの運転手やレストランのウェイターなどだから、その正確さは保証の限りではないが、その人気は大変なものである。金持ちも貧乏人も一票は一票であるから、直接選挙である当地の大統領選ではやはりジョコウィが筆頭候補だと思われる。とは言え政治が一筋縄では行かないのは何処の国でも同様で、増してや個人的には大した資金もないし、彼に投資しても見返りが期待できない企業家からの支援もなかろうから、大衆の人気と国内の一地方での政治力だけで、本当に大統領になれるのかは未だ未知数の部分がある。しかし現在のジャカルタの変貌ぶりは僕たち外国人の目にも少しづつ見え始めているから、彼が大統領になればインドネシアは一皮も二皮も民主国家に脱皮する可能性を秘めている。僕の付き合っている陰の集団がジョコウィを大統領にすると決めているのも、単に勝ち馬に乗っているだけではないかと思えるほど、ジョコウィ人気はとどまる処を知らない昨今である。