baiksajaの日記

目前の一秒を大切に

 ハドソン河の奇跡と ブンガワン・ソロの奇跡

 USエアーのA320旅客機がハドソン川緊急着陸し、乗員乗客全員が助かったのは今から2年前の1月、ハドソン川の奇跡と呼ばれ世界中の話題を攫った。その機長は世界中で英雄扱いされ、大統領からも直々にその勇気と技術を讃えられ、その後引退してからも各国の講演会で引っ張りダコだった。その時の機体、A320ノースカロライナの航空博物館に買い取られて展示される事になったそうである。ハドソン川に飛行機が浮いていて、救助を待つ人々がその翼に列を成していた映像は未だ記憶に新しい。そんなニュースを見て、インドネシア贔屓の僕はまた、ブンガワン・ソロの奇跡の事を想い出した。
 インドネシアのブンガワン・ソロ川で、ガルーダ航空が奇跡の着水をした事は殆ど知られていないと思うが、実は同じような奇跡が今から10年ほど前に起きていたのである。この時は死傷者が出てしまったし、事故が多発していてその後一時は欧州への乗り入れが禁止された程のガルーダ航空機であったこと、機体も大破した事などで世界のメディアには無視されたのだろうが、実際にはハドソン川の奇跡にも勝る奇跡であったと僕は思っている。それにも拘わらず、世界的な英雄になった米国人パイロットと無名のままのインドネシアパイロットの違いは、やはり米国人とインドネシア人の違いであるような気がしてならない。勿論インドネシア人のパイロットも時の大統領に謁見してその冷静沈着な行動を讃えられたのだが、世界的なニュースにはならなかった。
 ブンガワン・ソロと言うのは、中部ジャワの古都、ソロ市を流れる川で、日本では「ブンガワン・ソロ」と言う哀愁を帯びた歌で有名である。インドネシア人が作曲したこの曲は、恐らくかなりの日本人が聴いた事がある筈である。僕の場合は学校の音楽の教科書に載っていたから、インドネシアに足を踏み入れる前から良く知っていた。だから実物を見る迄はどんなに大きな川かと思っていたのだが、実際は河原は多少あるが、川自体は細くて水量も少なく、とても想像していたような大河とは懸け離れていた。川の中で農民が牛を洗ったりする程度の、歩いても楽に渡れそうな浅い、細い川である。
 2002年のやはり1月に、ロンボック島発ジョクジャカルタ経由ジャカルタ行きのB737旅客機がジョクジャカルタに着陸しようとしたが、豪雨の為着陸不能で急遽隣のソロ空港に着陸する事になった。ところがこの時機体に異常が発生してソロ空港に着陸する事が出来ず、機長の咄嗟の判断で市街地を避けてブンガワン・ソロに着水した。インドネシアは10月から3月位が雨季なので、この時には雨で川が増水していて水深が1mほどになっていた事も幸いした。それでも僅か1mである。普段は場所にもよろうが、僅か数十センチの水深なのである。そして川幅は狭い上に蛇行している。東京の人なら、二子玉川辺りの多摩川の流れを想像して、あれをうんと小型化したものと思えばイメージが掴み易い。実際、幾ら増水していても川幅は飛行機の幅ほどもあったかと疑われる。
 そこに緊急着水し、機体は大破したが水のお陰で乗員、乗客60人のうち亡くなったのは客室乗務員1名だけで済んだ事故である。事故の様子を聞き、ブンガワン・ソロの状態も知っている日本航空の某機長の感想は「奇跡」であった。悪天候の中で標識も誘導灯も何もないあの小さな川に着水する事は神業に近い、素晴らしい操縦技術だという事であった。しかし現地では一時ニュースになったが、世界的なニュースにはならずに程なく忘れ去られてしまった。ところがハドソン川の着水は世界中が、機長の冷静沈着な判断と操縦技術を絶賛した。日本のメディアも暫くはこのニュースで持ちきりであった。しかしハドソン川はあんなにも大きく、流々と流れる大河である。飛行機が川の真ん中にポッカリと浮いていて、周囲から救助のボートが群がるような川である。ブンガワン・ソロに着水するのに比べれば素人考えでは遥かに簡単に思えるのである。
 だからと言って、米国人パイロットの偉業にケチを付ける気は毛頭ない。しかし、事故の多かったガルーダ航空パイロットであった事と、インドネシアというアジアの片隅での奇跡であったが為に、インドネシアパイロットの折角の偉業が世に知れ渡らなかった事が僕には釈然としない。米国人があれだけ囃し立てられるなら、インドネシア人だって少なくとも同様に囃し立てられて良かった筈なのである。